高齢者介護をする上で、その対象となる高齢者の心理面を把握することで、ニーズを発見したり本人に適したケア方法を模索していくというプロセスが必要です。
介護サービスの利用開始前に本人や家族から聞き取りをしたり、介護をしていく中で会話や傾聴をしたり、言動や習慣を分析したりして心理面の把握に努めます。
誰ひとりとして同じ心理状態の人はいないわけですが、介護現場で働いていると、そういうプロセスの中で「高齢者にありがちな理由で心理面を把握するのが難しい」と感じることがあります。
もちろん、意思疎通が図れない認知症の利用者の場合は、心理面の確かめようがなく把握することは非常に難しいのですが、今回は「意思疎通が図れる利用者の心理面の把握が難しい理由」について記事を書きたいと思います。
高齢者の心理面の把握が難しい理由
他人様の心理面を把握すること自体難しいことではありますが、高齢者は長い人生経験の中で様々な価値観や生活習慣を持ち続け現在に至っているわけですから、「高齢者特有のもの」によって尚更把握が難しいのが特徴です。
理由①「様々な喪失体験」
生きていれば様々な喪失体験をします。
高齢者でなくても「ペットロス」や「失恋」などの喪失体験があるでしょう。
しかし、高齢者の場合、若者の比ではないくらいの喪失体験を持っている人が多いと言えます。
【高齢者によくある喪失体験】
等々 |
しかもこれらの喪失体験の殆どが、高齢者になってからやって来るのですから、我々では想像しがたいものがあります。
何故なら、実際にこれらの喪失体験をしたことがないからです。
こういった喪失体験は不安や意欲の低下や抑うつの原因になります。
真摯に向き合う姿勢も必要ですが、受けきれなかったり依存の関係に陥るリスクもあるために、心理面を把握することが難しいと言えます。
ですから、逆に喪失したものを意識しないように、落ち着けるような居場所を提供したり、何かの役割を持って貰うような対応をしていく必要があります。
理由②「本心を言わない」
高齢者個々によって性格も様々ですが、高齢者に多い傾向として「本心を言わない」ことが多いように感じます。
それらは「高齢者特有」の
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などです。
良い意味でも悪い意味でも
「言わなくても察して欲しい」
「最初は遠慮しておくのが礼儀」
「つらくても耐え忍ぶ姿が美しい」
「色々な喪失体験をしたからこそ気持ちだけは若者には負けたくない」
という心理があると考えられます。
ですから、高齢者に質問や希望を伺った時の「第一声は本心ではない」ことがあり、心理面の把握が難しいと言えます。
理由③「防衛機制」
防衛機制とは、受け入れがたい状況や欲求不満に陥った時に社会に不適応な状態になり、その不安を軽減しようとして無意識に心理的安定を図ろうとする行動のことになります。
自分の心理を安定させるために
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などの言動が表れます。
防衛機制は、高齢者でなくても起こり得る心理的メカニズムですが、身体能力低下などの喪失を受け入れられなかったり、意に反して介護施設に入所することになりフラストレーションが溜まりやすい状況に陥りやすい高齢者に多いのです。
したがって、こういう状況に陥っている高齢者の心理面の把握は難しいと言えます。
理由④「人員不足」
この理由は高齢者特有だとか心理の把握の難しさは関係ありません。
ただただ介護現場が人員不足のため、「利用者の心理をそこまで掘り下げることができない」ということになります。
利用者の心理を適切に把握しようとするためには
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が必要です。
人員不足の介護現場では、時間的にも肉体的精神的にも余裕がなく、利用者の隠された心理面まで引き出すことができないのが実情です。
例えばどんなケース?
高齢者の心理面の把握が難しい理由について述べましたが、例えば介護現場ではどのようなケースがあるのでしょうか。
ケース①「おやつはいらない男性利用者」
介護施設などでは、15時頃になるとおやつが出ます。
ある男性利用者は
「おやつはいらない」
「他の人にあげて」
などと言って食べようとしません。
言葉通りに受け止めれば「おやつは不要の利用者」ということになります。
しかし、よくよく話を聞いてみると
「実は甘い物が好き」
「男が人前でおやつを食べるのは恥ずかしい」
という隠された心理を発見することがあります。
そうなると「ニーズ」も変わってくるのです。
ケース②「お風呂に入りたくない女性利用者」
ある女性利用者に入浴の声掛けをしても
「お風呂はやめとくわ」
「今日は汗をかいていないからまた別の日にするわ」
などと言って拒否をします。
言葉通りに受け止めると「お風呂が嫌いな利用者」ということになります。
しかし、よくよく話を聞いてみると
「男性職員に介助されるのは恥ずかしい」
「女性職員であればお風呂に入りたい」
という隠された心理を発見することがあります。
そうなると、「同性職員に入浴介助をして欲しい」というニーズになります。
ケース③「一人で歩きたい利用者」
足元が不安定で、一人で歩くと転倒する可能性がある利用者が
「自分は1人で歩ける」
「付き添いしなくてもいい」
などと言って付き添い介助を拒否します。
この場合、いくら本人がそう言ったとしても「付き添いしなくてもいい利用者」とはなりません。
転倒して怪我をすれば本人も痛いでしょうし、何より介助しなかったことによって命の危険があれば訴訟リスクまで発生するのです。
よくよく話を聞いても、平行線のまま話が進まないことも多いですが、介護拒否の背景になる心理的葛藤について理解しようとする姿勢が大切です。
介護施設に入所したことに対する不満から来るものなのか、本当に1人で歩けると思い込んでいるのかの見極めも大切ですし、声掛けの仕方を工夫することで受け入れてもらえる可能性もあります。
但し、全てが全て上手くいくわけではありませんし、本人の理解を得られないまま事故に繋がってしまう可能性も十分にあります。
最後に
今回は、「介護現場で高齢者の心理面の把握が難しい理由」について記事を書きました。
具体的なケースに書いたように、隠された心理の把握が上手くいく場合もありますし、上手くいなかない場合も当然あります。
高齢者の心理の把握は難しい上に、把握できたとしても対応が難しい場合もあります。
つまり、「介護のプロなんだから利用者の心理を適切に読み取って事故をゼロにするのが当然」という丸投げ方式の考え方は間違っているのです。
人間と人間が信頼関係を構築していく過程で「完璧」などというものはありませんし、マンツーマン対応が不可能な介護現場で事故がゼロになることは理論上不可能であることは想像に容易いでしょう。
大切なのは、介護職員の努力や姿勢だけでなく、本人や家族の理解と協力、そして社会全体で介護現場を理解していける情報発信や体制づくりではないでしょうか。