厚労省が介護職員の処遇を改善するために「勤続10年以上の介護福祉士に月8万円支給する」という政策が2017年12月8日に閣議決定されました。
2019年10月から運用スタートとなるこの加算は、一見とても喜ばしいことに思えますが、実は相当闇深いと感じています。
問題点のひとつとして
「勤続10年以上の介護福祉士は殆ど存在しない」
「存在したとしても既に管理職などになっていて現場に殆ど出ない存在」
「現場で汗水垂らして激務をこなしている10年未満の介護士には効果が薄い政策」
という「勤続年数縛り」がありましたが、結局どうなったのでしょうか。
介護福祉士の平均勤続年数は6年と言われています。
勤続6年を境に、7年目、8年目、9年目、10年目…とその数はどんどん減っていくのです。
支給する人数が少なければ、業界全体や事業所単位で見ても改善にはならないのです。
しかし、厚労省が2018年10月31日に行った会議で少し進展があり12月26日に審議報告を取りまとめたようなので考察していきたいと思います。
進捗状況
現時点でわかっている方向性を「事業所に入ってくる収入」と「職員に支給される手当」に分けて列挙していきたいと思います。
①事業所に入ってくる新加算
- 「経験・技能のある介護職員」の給与に充当することを基本的なルールとする。
- 「経験・技能のある介護職員」の範囲については事業者に一定の裁量を与える。
- 基本は勤続10年以上の介護福祉士だが、業界で10年以上の介護福祉士も対象とする。
- 10年以上とは介護福祉士を取得してからの年数ではない。
- 2段階の加算率(区分)を設定し、介護福祉士が手厚いことで貰える「サービス提供体制強化加算」「特定事業所加算」「日常生活継続支援加算」の取得状況を加味加算し、人材の確保・育成に力を入れている事業所を相対的に高く評価する。
- 介護職員処遇改善加算(Ⅰ)~(Ⅲ)のいずれかを取得している事業所が対象(算定要件)。
- 加算を取得していることをホームページに掲載するなどして「見える化」していること。
②職員に支給される手当
- 配分は「勤続10年以上の介護福祉士を基本とする経験・技能のある介護職員」→「勤続10年未満の介護職員」→「その他の職種」の3グループに設定し順に手厚くする。
- その配分を「4:2:1」とする。
- 「勤続10年以上の介護福祉士」と「勤続10年未満の介護職員」との手当の額は2倍以上に設定する。
- 無資格者でも有能なベテラン職員には、事業所の柔軟な運用を認める。
- 最低1人以上のリーダー級介護福祉士の年収を440万円以上にするか、月8万円賃上げする(それにより事業所に対し介護報酬を新たに加算する)。
2019年7月24日追記「厚労省がQ&A公表」
2019年4月12日に厚生労働省が「2019年度介護報酬改定に関するQ&A(Vol.1)」を公表しました。
これにより、勤続(又は業界)10年以上の介護福祉士がいなくても一定の要件を満たしていれば事業所は加算を算定可能ということがわかりました。
また、2019年7月23日に厚生労働省が「2019年度介護報酬改定に関するQ&A(Vol.2)」を公表しました。
これにより、「職場環境改善や処遇改善に向けた取り組みの見える化」や「より高い区分の特定処遇改善加算Ⅰを取得するには介護福祉士等の配置要件を満たすこと」が必要であることがわかりました。
不明点や問題点がたくさんある
大筋ではほぼ決定しているようですが、日に日に「よくわからない状況」になってきているのが正直な感想です。
特に、最後の「最低1人以上のリーダー級介護福祉士の年収440万円以上、又は月8万円賃上げで介護報酬を新たに加算」の件です。
「年収440万円以上」の謎
既に年収440万円以上ある介護福祉士はどうなるのでしょうか。
そもそも、夜勤や残業を目一杯こなせば年収は増えます。
しかしそれでは業務負担が増えてしまい割に合いませんし、新加算の本来の目的からかけ離れてしまうでしょう。
年収440万円以上の介護福祉士を増やすために、事業所が無理なシフトを組んだり残業を推奨することになってしまえば本末転倒です。
「夜勤と残業手当を引いた金額が440万円以上」とするならまだ理解ができます。
「最低1人以上」の謎
それならば、月8万円賃上げして貰った方が何百倍もマシなのですが「最低1人以上」という要件が意味不明です。
事業所が判断するのですから、介護部長か課長か係長か主任が選ばれることでしょう。
「リーダー級」と言っても「介護リーダー」や「ユニットリーダー」や「本当に頑張っている職員」を指しているわけではなく、ここで言うリーダー級とは「事業所が月8万円あげてもいいと思う職員」のことになります。
そんな支給方法では本当に頑張っている人が報われませんし、逆にやる気を削がれてしまうでしょう。
そこに生まれるのは「ヘイト」でしかありません。
「介護報酬を新たに加算」の謎
最低1人以上、年収440万円以上か月8万円の賃上げをすれば「介護報酬を新たに加算」とはどういう意味なのでしょうか。
新加算に更に違う新加算が取れるのか、新加算が2倍になるのか、「2段階に分けるとは?」…正直よくわかりません。
配分を「4:2:1」の謎
「勤続10年以上の介護福祉士を基本とする経験・技能のある介護職員」→「勤続10年未満の介護職員」→「その他の職種」で「4:2:1」の配分とのことですが、「4+2+1=7」です。
あとの3割はどこへ消えてしまったのでしょうか。
事業所の内部保留は認められていないはずですから、加算収入の全ては誰かに給料や手当として支給されるはずですが、私の理解力がないのか、ちょっとよくわかりません。
大問題「事業所の柔軟な運用」
このことについてはいつも思うのですが「事業所の柔軟な運用に委ねたら絶対にダメ」です。
ダメですが、この方針はほぼ確定でしょう。
ちなみに「一人ひとりの処遇改善額は柔軟に設定可能」「勤続10年以上」の定義も国では定めずに事業所の裁量に委ねることになったようです。
結局はいつもこの部分で苦汁と辛酸をなめさせられているのは、現場で汗水たらしている介護職員です。
ある程度の基準や方向性は国が示すにしても、その国が最終的に「事業所の柔軟な運営」を認めてしまっているので成す術がありません。
「事業所の善意」を期待したり信用してきた結果が現在の人員不足なのではないでしょうか。
事業所の柔軟な運用は職員を不幸にします。
結局誰がどれだけ貰えるのか
そうは言っても、「勤続10年以上に相当する介護福祉士」がいないと、事業所は新加算を取れません(あくまで勤続10年は目安のようですが)。
事業所の配分に嫌気が差して、介護福祉士が退職してしまったら元も子もないのです。
事業所としても、介護福祉士資格者は今後もっと大切にしていく必要が出てきます。
「既に10年以上の介護福祉士」→「もうじき10年以上になる介護福祉士」→「その他の介護福祉士」→「これから介護福祉士資格を取得しようとしている職員」の順で大切にされると予想されます。
今回の新加算で介護福祉士の価値は多少なりとも上がるでしょう。
逆に言えば「介護福祉士資格を取得する気も能力もない無資格職員」との格差がより一層大きくなる可能性があります。
但し「無資格者でも有能なベテラン職員には、事業所の柔軟な運用を認める」ということも検討されているので、「無資格者でも事業所に気に入られていれば介護福祉士と遜色がない程度の手当が貰える可能性がある」ということになります。
そこに「事業所の柔軟な運用の闇」が存在するのです。
これは本当に頑張って資格を取得したり資質を向上させようと努力してきた職員にとっては不幸です。
「事業所から評価されないと努力が認められず、手当も僅かしか支給されない可能性」が出てきてしまいました。
事業所の方針に媚びを売り、綺麗ごとばかりを言う人材が求められていることがわかります。
大筋はガイドラインで決まってきているものの、結局は「介護福祉士資格取得の有無」や「勤続年数」や「事業所が取得している処遇改善加算の種類」によって職員が手にする加算額は変わってきますが、「事業所の柔軟な運用」が認められているために、「事業所に気に入られている職員が沢山もらえて、嫌われている職員には僅かしか支給されない」という不公平な可能性が残る結果になりそうです。
初心にかえってよくよく考えると「そもそも初めから勤続10年以上の介護福祉士」ということを盛り込んだ「経済政策パッケージ(2017年末に閣議決定)」の段階から無理があったのではないかと思います。
介護職員の処遇の改善が目的のはずなのに、何故かいつもわざと遠回りをさせられているような気がしてなりません。
介護福祉士の価値が上がることは喜ばしいことですが、本来の目的である処遇の改善からブレずに意見を擦り合わせていって欲しいと思います。
最後に
今回は、介護職員なら誰しも大注目している「業界10年以上の介護福祉士に月8万円の新加算」について記事を書きました。
2019年10月から開始されので、約7か月後のスタートです。
大筋のガイドラインは決まってきているものの、その主要なポイントが「事業所の柔軟な運用」に任されています。
これは、私が一番危惧していたことです。
もちろん、そうなれば優良な事業所と劣悪な事業所に二分され、劣悪な事業所からは人材が流出していき、淘汰されるキッカケになるかもしれません。
しかしながら、規制が緩和されたとは言え、業界で働いた期間が通算10年以上の介護福祉士がどれくらい存在するのかも未知数ですし、新たに介護福祉士になろうとする人にとっても10年(あくまで目安とのことですが)は長すぎる道のりです。
また、仮に歯を食いしばって10年勤め上げたとしても月8万円丸々貰える保証は全くないので、人員不足解消には繋がりにくい印象です。
事業所には関与させず、介護業界で頑張って働いている職員個人にそっくりそのまま支給する政策であれば、もっと効果的な加算になるのではないかと思います。
「事業所の柔軟な運用に委ねてしまう時点で本気で人員不足や処遇改善に着手する気がないのではないか」という穿った見方をしてしまうのも正直な気持ちです。
早く「現場職員の柔軟な運用に委ねる」政策をお願いします。