介護従事者としてショッキングなニュース報道がありました。
入所者がおやつのドーナツを喉に詰まらせてお亡くなりになった「事故」が「事件」として扱われ、業務上過失致死という有罪判決が出たことです。
「事故」は起こり得ることですが、「事件」となれば話は別です。
有罪となれば「犯罪行為」「前科」が認められてしまうことになります。
今回は「入所者がおやつを喉に詰まらせて亡くなった事件で有罪判決が出たこと」について記事を書きたいと思います。
ニュース概要
ニュース報道の概要は以下になります。
特養入所者がおやつを喉に詰まらせ死亡し准看護師に有罪判決
- 発生時期:2013年12月
- 発生場所:長野県安曇野市の特別養護老人ホーム
- 事件概要:被告(准看護師)は同年12月12日午後、同特養の食堂で女性におやつのドーナツを配った。その後、女性入所者(当時85)がおやつを喉に詰まらせ、1か月後に死亡した事件
- 地裁の判決:長野地裁松本支部は、食事の介助中に入所女性に十分な注意を払わなかったなどとして、業務上過失致死の罪に問われた長野県松本市の准看護師に、求刑通り罰金20万円の有罪判決を言い渡した。
- 検察側の主張:女性には口に食べ物を詰め込む癖があったのに、被告は他の利用者に気を取られ、女性への十分な注意を怠ったほか、窒息などに備えておやつがゼリーに変更されていたのに、その確認も怠ったなどと主張した。
- 被告側の主張:女性は脳梗塞で死亡したと考えるのが最も合理的で、ドーナツによる窒息が原因で死亡したとの検察側の主張を否定。その上で女性の食べ物を飲み込む力には問題がなく、食事の様子を注視しないといけない状況ではなかった。おやつがゼリーに変更になっていたのは女性が食べ物を吐いてしまうことが理由で窒息対策ではなく、確認の義務はなかった、などとして無罪を求めていた。
- 備考:食事介助中の出来事を罪に問うことは介護現場での萎縮を招くとして、裁判は介護関係者の強い関心を呼んだ。無罪を求める約44万5500筆の署名が裁判所に提出された。弁護団も結成され、公判はこの日の判決も含めて23回に及んだ。
介護従事者としてはショックを隠せない理由
私と同じように、介護現場に従事している人は驚きとショックと恐怖を覚えたのではないでしょうか。
「明日は我が身」なのです。
事件の内容を具体的に考察していきたいと思います。
おやつを喉に詰まらせる
高齢者は食べ物を喉に詰まらせる確率が高くなります。
毎年、正月になると餅を喉に詰まらせる高齢者のニュースが頻繁に流れてきます。
要は、それが「発生したのが介護現場」であったため、「事故ではなく事件だ」という判決になろうかと思います。
一時期、テレビ番組で「高齢者でも好きなものなら喉に詰まらない」というような誤った危険な情報発信がされたことがありました。
もちろん介護従事者としては異を唱えたいのですが、真に受けた一般の人もいらっしゃるのではないでしょうか。
そういった情報を真に受けた入所者の家族が面会に来て、「利用者の咀嚼や嚥下状態に見合わないような差し入れを持参されることが増えて介護現場では苦慮した」という話も聞きました。
まずは、「高齢者になれば食べ物を喉に詰まらせてしまうリスクはある」という認識があれば、今回の事件は不可抗力だったように感じます。
直接介助をしていない
食事介助をしていて、誤嚥や喉詰めが起こることもありますが、今回の事件では女性職員は介助をしていません。
要は「直接的に関わっていない」のです。
それなのに有罪判決が出たのは「十分な注意を怠った」「食事形態の確認を怠った」ことによる業務上過失致死ということになります。
常に人員不足の介護現場では、利用者から目を離してしまう時間もあります。
ましてや今回のように「他の利用者の対応をしていた」のなら尚更です。
介護現場では同じタイミングで注意が必要な場面がたくさんあるのです。
「同時に複数人の対応を行う」という人智を超えたケアができる人なら別ですが、普通の人間であれば順番に一人ずつ対応します。
その一瞬の隙に「事故」が発生してしまうこともありますが、余程の過失がない限りそれも不可抗力になります。
そういった「人員不足に起因する事故」は、人員配置基準を見直してマンツーマンの介護にしなければ防ぎようがありません。
おやつの食事形態が「ゼリーに変更されていたのにドーナツを配った」というミスがあったようですが、残念な話、こういう食事形態のミスは介護現場では日常茶飯事です。
能力とか注意力の問題もありますが、情報が共有できていなかったり周知されていない場合も多く、事業所全体の問題だと言えます。
職員個人が犯罪に問われる
事故が起こった原因は職員個人に起因するものもありますし、職場の風潮や体制に起因するものもあります。
両方が複雑に絡み合っている場合があるので、どちらにしても「全ての事故は事業所全体の問題」として情報を共有したり改善策を検討したり未然に防げるような対応を行っていく必要があります。
それを個人の問題にしてしまったらただの「吊るし上げ」になってしまいます。
しかし、今回のように事件として扱われることになると、職員個人に大きな責任と重圧と負担が圧し掛かってきます。
責任を持つことは大切ですが、問題なのは「介護現場にいるだけで犯罪者になってしまう可能性がある」ということです。
これは本当に恐ろしい事態です。
一瞬たりとも気が抜けません。
気を抜いた瞬間に事故が発生し、それが事件へ発展し、有罪判決が出て犯罪者になってしまう可能性があるなんて、恐ろしすぎて現場に立っていたくありません。
人の命にも関わる重要な仕事ですが、それに見合った対価や待遇がないのに犯罪者になってしまうリスクだけはあるのです。
このニュースを見た世間の人も、これから介護の仕事を始めようという気が起こらなくなってしまうような事件です。
無罪を求める署名
今回の事件は介護関係者の強い関心を集めたようで、無罪を求める署名が44万5500筆提出されたようです。
44万超えの署名は相当多いと感じますが、それでも判決にはあまり効力がなかったのでしょうか。
罰金20万円の有罪判決が出ましたが、地裁での判決なので控訴することもできます。
今後、控訴するのかどうかは明らかにされていませんが、個人的には介護従事者の名誉と職責の確認のためにも控訴して「無罪」を勝ち取って欲しいと思う反面、被告となっている女性職員はずっと強いストレスに晒されている状態だと予想できるため、20万円を支払って平穏な暮らしを取り戻す選択肢もありかと思います。
いや、やはりどう考えても「20万円を支払った上に前科がついてしまう」なんて私だったらイヤです。
最終的には本人が決めることですが、どちらになるにしても業界全体でバックアップしてあげて欲しいと思います。
最後に
今回は、介護従事者としては捨て置けない「利用者が喉を詰めて亡くなった事件」が有罪判決となったことでショックを隠せない理由について記事を書きました。
介護現場に従事する仕事は、悪意や故意がなくても過失により罪に問われる可能性がある「非常にリスクが高い職業」であることがわかりました。
ただでさえ人材確保が進んでいないのに、このような事件があると益々人材確保が困難になっていくでしょうし、現在介護現場で働いている職員も戦々恐々となり委縮するばかりです。
現場職員は全てにおいて「四面楚歌状態」で働き続けなければならない職業であることを再確認することになったニュースでした。
尚、高裁は即日終審しました(下記記事参照)。
2審となる高裁では証人尋問などが却下され即日終審したことで准看護師側に不利な状況に見えましたが、2020年7月28日に1審の有罪判決(罰金20万円)を取り消し「逆転無罪」の判決が言い渡されました(下記記事参照)。
2020年8月11日、検察側が最高裁への上告を断念したことで、当該裁判の無罪が確定しました(下記記事参照)。