2013年12月に長野県の特別養護老人ホーム(以下、特養)で、准看護師が提供したおやつのドーナツを入所者が喉に詰め、その1か月後に死亡したという事故がありました。
その事故に警察が介入したことで「事件」となり、多くの介護関係者の強い関心を呼ぶこととなったのは記憶に新しいところです。
1審では無罪を求める44万筆以上もの署名が集まったものの、23回にも及ぶ公判を経て2019年3月に長野地方裁判所は求刑通りの罰金20万円の有罪判決を言い渡しました。
この事件は私個人としても非常に関心が高く気になっており、過去記事でも触れています。
その後、准看護師と弁護団は、東京高等裁判所(以下、高裁)に控訴し、その裁判が昨日(2020年1月30日)に行われました。
今回の第2審でも、26万筆余りの署名が集まりましたが、結論として弁護団が用意した証拠の多くが却下され、証人尋問さえ認められず「即日結審」しました。
判決は次回言い渡されますが、即日結審とは「話し合いはもう終わり、あとは結果(判決)だけ次回言うからね」というものですから、この状況では素人目にも「結論が何となく見えてしまっている」ように感じています。
介護関係者の中にも憤りを感じてしまった人も多いのではないでしょうか。
今回は、この事件に関して個人的な所感を書いていきたいと思います。
(2020年8月11日追記)
本日、当該裁判の無罪が確定しました。
下記記事をご参照下さい。
(スポンサーリンク)
ドーナツ喉詰め裁判の第2審が即日結審したことについて
現状では「あとは結果を待つばかり」という状況ですが、なかなか不利な状況にあるかと思われます。
弁護団の話でも「事実上、幕を閉じた」という発言もありました。
しかし、被告となってしまった准看護師が「私は無実を勝ち取るまで諦めません」という発言をされていることは印象深かったです。
裁判の争点
今回の争点は主に以下の2点です。
- 死亡した入所者の死因
- 准看護師の過失
1.死亡した入所者の死因
死亡した入所者の直接の死因が「窒息死」なのかそうではない別の原因なのかが1つの争点でした。
救急医や脳神経外科などの専門家の6人中5人が「死因は脳梗塞」という見解を示し、弁護団がこのうち3人を含む計7人の証人尋問を求めましたが「却下」となりました。
死因に関して医学の専門家が証言することさえ認められなかった理由は「CT画像が亡くなった直後のものであり事故直後のものではない」ということのようです。
そうだとしても、裁判官は法律の専門家ではありますが、医学の専門家ではありません。
法律の専門家は医学や人智を超えて死因さえも見通せると言うのでしょうか。
邪推するならば、裁判官は「もう死因には興味がない」「判決は初めから決まっている」と言っているようにも見えてしまいます。
2.准看護師の過失
准看護師の過失については2点指摘されています。
1つ目が「入所者の注視を怠った過失」で、2つ目が「おやつがゼリーに変更になっていたのに誤ってドーナツを配った過失」です。
1つ目は、死亡した入所者が特別に注視を必要とする存在ではなかったことと、准看護師は同時に他の全介助の利用者の対応も行っており、「過失は無かった」ということが認められています。
しかし、2つ目の「おやつの形態確認義務を怠った過失」「配膳間違いをしてしまった過失」が1審で認められていました。
2審で改めて「どの職員もドーナツを提供することで誤嚥して窒息するという危険性を感じていなかったため過失はない」という主張をしたようですが、個人的な感想は「危険性を感じていなかったというのはちょっと苦しい主張かな」とは思います。
何故なら、そういうミスや間違いは介護現場ではあり得ますし、どんな食べ物であっても誤嚥や喉詰めの危険性を全く感じずに提供する職員はあまりいないのではないかと思うからです。
ただ、無罪を勝ち取るためには「過失=死因」という方程式を打ち破る必要がありますので、医学の専門家の証言は真実を解明し証明するためにも非常に重要なのです(却下されましたが)。
さて一方、介護現場では出来るだけ危険性が無いようにするためにリスクマネジメントをしていく必要があるのですが、今回の事件で介護関係者を戦々恐々とさせた一番大きなポイントはこの「過失の有無によって罪に問われる職業であるという点(業務上過失致死)」ではないでしょうか。
つまり、「介護現場のミスで前科がつくような事態になり人生が狂ってしまう可能性があるハイリスクな職業である」ということです。
もっと言えば、「看取りを除いて、どんなお亡くなり方をしても現場職員の過失に結び付けることが可能な状況の中にある」という点です。
それが、誤嚥であれ転倒であれ突然死であれ「現場職員の過失だー!」と言われれば同じような事件に発展してしまう可能性があります。
明日は我が身です。
有罪となれば准看護師免許が剥奪
准看護師は国家資格ではありませんが、保健師助産師看護師法の適用を受けます。
この法律には以下のように規定されています。
第九条 次の各号のいずれかに該当する者には、前二条の規定による免許(以下「免許」という。)を与えないことがある。
一 罰金以上の刑に処せられた者
二 前号に該当する者を除くほか、保健師、助産師、看護師又は准看護師の業務に関し犯罪又は不正の行為があつた者
三 心身の障害により保健師、助産師、看護師又は准看護師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
四 麻薬、大麻又はあへんの中毒者
【引用元】保健師助産師看護師法
つまり、今回の事件が有罪判決で罰金刑が確定した場合、法律に則って准看護師免許が消除(剥奪)される可能性があります。
そうなれば、もう准看護師として従事することも正看護師になることもできなくなってしまうことになります。
介護現場の配膳ミスによって免許も仕事も奪われることになるとすれば、現職の身としては戦々恐々としますし、これから介護現場で働こうと思う人を益々減らすことになることでしょう。
但し、「与えないことがある」という言い回しで規定されているため、免許が剥奪されない可能性も残されています。
ちなみに、介護福祉士国家資格にも欠格事由があります。詳しくは下記記事にまとめていますので興味がある人はチェックしてみて下さい。
事故が犯罪となれば介護現場は萎縮し崩壊を招く
介護現場で働く現場職員たちは戦々恐々とし、「ハイリスクローリターンの職業」では働きたいと思う人もいなくなり益々人材不足になることで、業務負担が増えストレスが溜まりミスが増えるという悪循環になってしまうと崩壊を招きます。
しかし、今回の事件で介護現場の崩壊を招きかねないポイントはそれだけではありません。
事故発生後の職員間での振り返り(リスクマネジメント)さえも1審裁判の証拠として利用されたことです。
リスクマネジメントは、
- 職員間での情報共有
- 事故の再発防止
- 危険予知活動(KY活動)
などケアや現場をより良くしていくために行われるのですが、もし今後、何かの事故があって「ひょっとしたら自分の発言や意見が裁判の証拠として使われるかもしれない」と思うと忌憚の無い意見が出しづらくなります。
ましてや、未だにリスク報告書を「犯人捜しや反省文や始末書」のような扱いをしている介護事業所があれば尚更です。
この場合、どういったことが懸念されるかと言うと、
- ミスを隠蔽する体質
- 責任を押し付け合う体質
- 自由な発言を避ける体質
など不健全さを助長する可能性が出てきます。
そんな介護現場であれば、やがて崩壊を招くのではないでしょうか。
最後に
今回は、長野県の特養で発生した事件の高裁での第2審が即日結審したことについて記事を書きました。
判決は後日になりますが、「却下の嵐」だった今回の2審の内容から察するに、第1審の判決が支持される可能性が高いのではないでしょうか。
しかしまだ結果はわかりません。
今なお、無実を主張し最後まで諦めず長期間戦っておられる准看護師には心より敬意を表したいと思います。
(追記)
東京高裁で逆転無罪の判決が出ました。
下記記事をご参照下さい。
(追記ここまで)