2018年5月に群馬県の老人介護施設で入所者が女性介護職員の左胸をハサミで刺した、という事件が発生しました。
何故、このような事件が起きてしまったのでしょうか。
今回は「入所者であろうと誰であろうと犯罪行為は許されるものではない」ということについて記事を書きたいと思います。
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ニュース概要
介護施設職員、入所者に刺される 殺人未遂容疑で逮捕、群馬
16日午前5時50分ごろ、群馬県高崎市新町の老人介護施設で女性職員(23)が入所者の男(87)にはさみで左胸を刺された。群馬県警によると、女性は搬送時、意識があったが、詳しい容体は不明。県警は殺人未遂容疑で男を現行犯逮捕した。
県警によると、男は認知症を患っているとみられる。男がはさみを持っているのを女性職員が注意したところ、突然刺されたという。
施設を運営する社会福祉法人しんまち元気村の八木秀明常務理事は取材に「男は4月に入所したが、これまでも職員や他の入所者に暴力を振るったことがあった」と語った。
【引用元】佐賀新聞LiVE
介護事件は氷山の一角
今まで何度も「介護事件」のニュースがありましたが、その多くは「加害者が介護職員で被害者が入所者」という構図でした。
その構図の事件でさえまだまだ氷山の一角と言えます。
しかし、今回の介護事件は「加害者が入所者で被害者が介護職員」という構図になります。
この構図のニュースが流れるのは珍しいことです。
その理由は、介護職員が被害者になることが少ないからではありません。
- 介護職員が被害に遭ったという事件は表面化されない
- 入所者の権利擁護しか考えてこなかったので介護職員が被害に遭うことは普通のこと
- 加害者が認知症者なので犯罪という扱いになりにくくニュースにもしにくい
- そもそも事業所内で犯罪ではなく労災事故で片づけてしまう
という理由になります。
つまり、実際の介護現場では「大なり小なりこういった入所者からの犯罪行為は日常的に行われているのが実情」ということが言えます。
今回の事件の構図が珍しいのではなく「やっと陽の目を見た氷山の一角」なのです。
入所者からの犯罪行為を許さない環境作り
介護業界では、あまりにも入所者や利用者への権利擁護の意識が強すぎて、利用者が起こした犯罪行為は「隠蔽されたり事故扱いで終わる」ことが常態化しています。
介護職員にとっては「治外法権のカオスな世界」が存在しているのです。
そういった利用者からの犯罪行為は
- 入所者は権利擁護されるべき社会的弱者
- 認知症者なのだから責任能力がない
- 介護職員の声掛けの仕方や対応方法が悪かったに違いない
- 暴力行為をするのにも理由があるはずだ
という風潮で無かったものにされてしまうのです。
刑法や法律の要件に照らし合わせて「責任能力なし」という判断がされてしまうのは現状ではどうしようもないことですが、大切なのは「犯罪行為が発生しない環境作りができていたか」という原因となる部分です。
「罪を憎んで人を憎まず」
「認知症者に責任能力なし」
という結論が出るのなら「入所者の犯罪行為を許すのではなく、入所者の犯罪行為を発生させない環境づくりが必要だった」と言えます。
介護職員個々では対応が困難なので、事業所全体で考えていく必要があります。
大前提は「犯罪行為は許さない」という視点が大切なのです。
事件の原因と問題点
事件の原因と問題点を考えていきたいと思います。
「介護職員の対応が悪かったのでは?」
「暴言や暴力を振るう理由を探る寄り添い方ができていなかったのでは?」
「対応次第で入所者の心境も改善するはず」
などという分析をする人もいますが、本当にそうなら
「介護職員の専門性は神がかっている」
と言えます。
もちろん、言わんとしていることもわかりますし、資質の向上や知識や経験を積むことは大切です。
しかし、本当に介護職員の専門性だけで入所者や認知症者の性格や行動を変え、犯罪行為を食い止めることができるのだとすれば
「警察も不要」
「医者も薬も不要」
「介護職員はエスパーかメンタリストか教祖か神」
ということになります。
もしそうだとすれば、介護職員は相当なギャランティを頂かねばならない「超ウルトラスーパースター」です。
ハリウッドスターの比ではありません。
なんせエスパーか神なのですから。
しかし蓋を開けてみれば
「あぁ…今月は手取り20万円無いな…」
という悲しい給料日を迎えているのが現状です。
ですから、こういった類の事件に関して「介護職員の対応の責任にしてしまうのはお門違い」なのです。
今回の事件の問題点は「今までも職員や他入所者に暴力を振るっていた入所者に野放しにしていた」という1点に尽きるかと思います。
事件を無くしていくために
今回のような入所者や利用者からの犯罪行為を無くしていくためには、どうしていけばいいのでしょうか。
常務理事が「男は4月に入所したが、これまでも職員や他の入所者に暴力を振るったことがあった」と語っていることから、今回の暴力や傷害や殺人未遂行為が初めてではないことがわかります。
そもそも考えられる対応で何ができるかと言えば
①向精神薬などの薬物療法
②隔離対応や身体拘束
③退所や転院(転施設)
の3つになろうかと思います。
しかし残念ながら現在の福祉業界では上記3つの対応方法は「あまり良くない対応」とされています。
①向精神薬などの薬物療法のマイナスイメージ
向精神薬などの薬物療法は「入所者を薬漬け」にするようなイメージを持たれるリスクがあります。
過剰投与になれば医療費の無駄遣いになりますし、身体に負担が掛かり健康被害が出たり「虐待」とも捉えられる可能性があります。
副作用が強い薬も多く、調整の難しさがマイナスイメージを強くさせています。
②隔離対応や身体拘束のマイナスイメージ
介護業界では出来るだけ「身体拘束を行わない」という方針があります。
もちろん、一定の要件を満たせば身体拘束をすることが可能ですが、常に様々な記録を求められ、身体拘束をやめることを検討していく必要があります。
身体拘束をすることで業務が増え、しかも「良くないことをやっている」という風潮がマイナスイメージを強くさせています。
③退所や転院(転施設)のマイナスイメージ
介護保険法に「介護事業所は正当な理由なく介護サービスの利用を拒否できない」という規定があります。
その根本は「どんな利用者でも受け入れるのが福祉の精神」という風潮があり、受け入れ拒否をする対応にマイナスイメージがあります。
もちろん、暴力や犯罪行為は「正当な拒否理由」になりますが、「受け入れを拒否した事業所」「入所者を見捨てた事業所」という世間体やレッテルを貼られてしまうことをおそれ、実際にやりづらいのが実情です。
「良くない対応」「マイナスイメージ」があれば事業所側もやりづらいのが現実でしょう。
しかし、「事件が発生してもいいのか、よくないのか」ということに言及して考えていけば自ずと答えは出るかと思います。
それを「実行に移せるか移せないか」が重要です。
最後に
今回は「介護職員が入所者にハサミで胸を刺された事件」について記事を書きました。
事件を無くしていくための方法を3つご紹介しましたが、実際は事業所が実行に移せず
「介護職員に責任を押し付けてしまおう」
「介護職員の対応が悪いから発生したことにしてしまおう」
「介護職員が利用者の気持ちに寄り添えなかったから発生したことにしよう」
という「責任転嫁大作戦」が多くの事業所で行われているのが実情ではないでしょうか。
介護職員を「ハイリスクローリターン」な仕事にしてしまっているのは、業界や事業所そのものなのです。
いつまで経っても人材確保などできないことでしょう。
入所者に刃物で突然刺され命を落とすかもしれないリスキーな仕事でありながら、もしそうなっても「介護職員の対応が悪いからだ」とこき下ろされ、手取り20万円をもらうために毎日汗水垂らして過酷な業務を繰り返す仕事です。
環境や待遇が改善されない限り
「そんなやりがいだらけの職業です。是非、皆さまも介護職員になって一緒に働いて下さい」
とは口が裂けても言えないような仕事です。
権利擁護が必要なのは介護職員なのです。