自分の親や家族が「認知症」になってしまった場合、初めて自分が「介護者」という立場となり、今までに経験したことのないような状態に陥ります。
肉体的・経済的な面でもそうですが、精神的な面でも、認知症介護は社会問題となっています。
親や家族が認知症と診断され、その介護をする家族の心境の変化を「4つの心理的ステップ」として考案されたのが「川崎幸クリニック院長・杉山孝博先生」です。
今回はその「認知症介護における家族がたどる4つの心理的ステップ」をご紹介したいと思います。
第1ステップ「とまどい」「否定」
自分を育ててくれた親が認知症になってしまったら誰でも「とまどい」ます。
「あんなにしっかりしてた人なのに何故…」
「こんなことをするような人じゃなかったのに…」
「今まで長い間一緒に生活してきたのに考えられない」
という思いが強くなります。
そしてその現状を「否定」したくなります。
「これは何かの間違いだ」
「悪い冗談に決まっている」
「認知症がこんなに急に進行するはずがない」
という心理になります。
この段階では、家族が認知症だということを認められず、むしろ「認知症のはずがない」という思いが強いために、誰にも相談できなかったり、親の行為や行動を他人に見られないように隠したりするために、非常に孤独感が強い心理状態になります。
第2ステップ「混乱」「怒り」「拒絶」
第1ステップの「とまどいや否定」をし続けても、状況や症状は一向に改善されず、むしろ悪化さえしていきます。
同じことを何度も言ったり、辻褄の合わないことを話したり、信じられない行動を取り続けます。
そういう状態が続くと家族は「混乱」します。
どう対応していいのか、誰に相談すればいいのかもわからず、心理的に追い詰められた家族は「怒り」の感情が出てきます。
「もう、いい加減にしてくれ!」
「何度言ったらわかるんだ!」
そんな状態が更に続くと「拒絶」するようになってきます。
「もう知らない」
「関わらないでくれ」
「いなくなってくれないかな…」
この第2ステップの状態が在宅介護での「虐待」と言われる状態にもなりかねず、「緊急ショートステイ」などでよく見る事例になります。
この段階に至るまでに、適切な医療や介護サービスを受けることが重要です。
第3ステップ「割り切り」又は「あきらめ」
第2ステップを経過すると、家族の心理状態が更に変化し「割り切り」や「あきらめ」の境地になります。
「これ以上言っても仕方がない」
「言ったところで変わらない」
「自分の知っている人とは別人になってしまったんだ」
という心理状態になります。
割り切ったり、諦めることで「認知症」という病気を徐々に受け入れ出すようになるのです。
第4ステップ「受容」
第3ステップを経過し、家族の心理状態の最終段階です。
「認知症」という病気や「自分の家族の現状や状態」を全て受け入れ、許せるようになります。
これは自分という介護者が人間的な成長を遂げたことにより、全てを受け入れられる「受容」という境地に達します。
介護者の心も平穏でいることが出来ます。
介護のプロは第4ステップ「受容」から入る
以上が、「認知症介護における家族がたどる4つの心理ステップ」になります。
介護のプロである、我々介護職員は、利用者と接する時は常に第4ステップの「受容」から援助に入ります。
これは対人援助法のひとつ「バイステックの7原則」の4番目に当たります。
「バイステックの7原則」
ここでは対象者をクライエント、援助者をワーカーと記載しています。
1. 個別化の原則
クライエントの抱える困難や問題は、どれだけ似たようなものであっても、人それぞれの問題であり「同じ問題は存在しない」とする考え方。この原則において、クライエントのラベリング(人格や環境の決めつけ)やカテゴライズ(同様の問題をまとめて分類してしまい、同様の解決手法を執ろうとする事)は厳禁となる。
2. 意図的な感情表現の原則
クライエントの感情表現の自由を認める考え方。特に抑圧されやすい否定的な感情や独善的な感情などを表出させることでクライエント自身の心の 枷を取り払い、逆にクライエント自身が自らを取り巻く外的・内心的状況を俯瞰しやすくする事が目的。またワーカーもクライエントに対しそれが出来るように、自らの感情表現を工夫する必要がある。
3. 統制された情緒関与の原則
ワーカー自身がクライエント自身の感情に呑み込まれないようにする考え方。クライエントを正確にかつ問題無くケース解決に導くため「ワーカー自身がクライエントの心を理解し、自らの感情を統制して接していく事」を要求する考え方。
4. 受容の原則
クライエントの考えは、そのクライエントの人生経験や必死の思考から来るものであり、クライエント自身の『個性』であるため「決して頭から否定せず、どうしてそういう考え方になるかを理解する」という考え方。この原則によってワーカーによるクライエントへの直接的命令や行動感情の否定が禁じられる。
5. 非審判的態度の原則
クライエントの行動や思考に対して「ワーカーは善悪を判じない」とする考え方。あくまでもワーカーは補佐であり、現実にはクライエント自身が自らのケースを解決せねばならないため、その善悪の判断もクライエント自身が行うのが理想とされる。また人間は基本的に当初において自らを否定するものは信用しないため受容の観点からも、これが要求される。
6. 自己決定の原則
「あくまでも自らの行動を決定するのはクライエント自身である」とする考え方。問題に対する解決の主体はクライエントであり、この事によってクライエントの成長と今後起こりうる同様のケースにおけるクライエント一人での解決を目指す。この原則によって、ワーカーによるクライエントへの命令的指示が否定される。
7. 秘密保持の原則
クライエントの個人的情報・プライバシーは絶対に他方にもらしてはならないとする考え方。いわゆる「個人情報保護」の原則。他方に漏れた情報が使われ方によってクライエントに害を成す可能性があるため。
【引用元】ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF
つまり、全てを受け入れ、理解する立場にあるわけです。
例えば、利用者がテーブルの上の雑誌を取ろうとしているのですが、なかなか取れない様子だったので介護職員が雑誌を手渡してあげます。
雑誌を手に取った利用者はページを開きビリビリと破り始めたとします。
そこで
「ちょっと、何してるんですか!」
「ダメでしょ!やめて下さい!」
とは言いません。
まずは受け入れること、否定しないこと、理解しようとすること、が大切なのです。
ここは、にこやかに笑って
「うんうん、そうなりますよね」
「破りたかったのですね」
「綺麗に破れましたね」
という対応になろうかと思います。
「本は読むものだ」「本を破るのは非常識だ」という価値観にとらわれず、ニュートラルな状態で接するのが介護現場での対応になります。
最後に
今回は「認知症介護における家族がたどる4つの心理的ステップと介護現場では受容のステップから援助を行う必要があること」について記事を書きました。
利用者の家族を見ていると「この家族は今どのステップだろう」ということを考えたりしています。
そして、もし自分の家族が認知症になってしまった場合、自分もたどるであろうステップになります。
重要なのは、「早期に適切な医療や介護サービスを利用していくこと」です。
それは自分のためでもあり、認知症となってしまった身内のためでもあります。
適切な医療や介護を受けることで、「不幸な人を作らないこと」が社会問題を解決する最重要課題であると言えます。
しかし残念ながら、世の中には不幸な介護者・被介護者が存在します。
例えば、介護サービスの利用方法がわからなかったり、存在さえ知らない人がいるかもしれませんし、「自分一人で介護をすることが恩返しだ」という信念を持って自分一人で抱え込んでしまっている人もいるかもしれません。
認知症や介護のことで悩んだ時は、最寄りの「地域包括支援センター」へ相談して下さい(担当ケアマネジャーがいない場合)。
高齢者や家族だけでなく、介護現場の最前線で働く介護職員も含め、業界全体で「不幸な人を作らない」ことが重要です。