現在の介護現場は「自立支援」を促していく方針です。
簡単に説明すると「自分で出来ることは自分でしてもらう」ということになります。
しかし「自分で出来る」という判断というのは非常に難しく「普段は出来ていたが今は出来ない」とか「本当は出来るけど甘えている」という状況も往々にしてあり得るので、介護現場では状況に応じた臨機応変な対応が求められています。
また、介護現場にありがちなのが、何でもかんでも介護職員にやってもらおうとする利用者や、利用者に依頼されて何でもやってしまう介護職員がいることです。
「何でもやってくれる職員=良い職員」
という勘違いが発生しやすいので注意が必要です。
「何でも依頼する利用者」「何でもやってしまう職員」「自立を促さない職員」は自立支援の方針と逆行しているということが言えます。
その反面「何でもかんでも自立支援」と言って自力移動や動作を促すのも「場面や状況によっては介助が必要」なことがあるので、「自立支援は奥が深い」のです。
今回は「実は奥が深い自立支援」について記事を書きたいと思います。
例題で考察
例題をあげて考察していこうと思います。
【例題】
Aさんは脳出血の後遺症で左足に痺れがあり動かしにくさを感じていました。
主治医の指示で出来るだけ歩いて日常的なリハビリをするように言われています。 排泄面では尿意がある人で、訴え後すぐにトイレへ行けばトイレで排尿できていましたが、トイレに行くまでに時間が掛かると尿取りパッドの中に失禁してしまいます。 現在、トイレに行きたい時は介護職員を呼び、杖を使い付き添い歩行でゆっくりとトイレまで歩行していますが、間に合わないことが多くなってきました。 Aさんは失禁してしまうことにとても羞恥心を感じていました。 この場合、適切なケア方法及び自立支援とはどういうものでしょうか? |
この場合、多くの介護職員がしてしまいがちな「自立支援の履き違え」があります。
「自分で出来ることは自分で出来るように頑張りましょう」
「歩くことはリハビリですから頑張って歩きましょう」
「お医者さんからも歩くように言われていますよ」
「いつでも呼んで下さればトイレに案内しますよ」
などと言って付き添い歩行を継続しようとします。
「自分で出来ることは自分でしてもらう」という自立支援が「どんな状況や場面でも同じような対応をすること」になってしまっています。
この場合に必要な自立支援は「歩行機能向上ではなく排泄機能に関わる心理面」になります。
これを分析していくには「ICF(国際生活機能分類)」を活用する必要があります。
「ICF(国際生活機能分類)」とは
介護系の資格を取得したり勉強された人は聞いたことがあるかと思います。
しかし、正直大変難しくて複雑な理論になっており、活用できていない介護職員が多いのではないでしょうか。
1 ICFについて
障害に関する国際的な分類としては、これまで、世界保健機関(以下「WHO」)が1980年に「国際疾病分類(ICD)」の補助として発表した「WHO国際障害分類(ICIDH)が用いられてきたが、WHOでは、2001年5月の第54回総会において、その改訂版として「ICF(International Classification of Functioning, Disability and Health)」を採択した。
ICFは、人間の生活機能と障害に関して、アルファベットと数字を組み合わせた方式で分類するものであり、人間の生活機能と障害について「心身機能・身体構造」「活動」「参加」の3つの次元及び「環境因子」等の影響を及ぼす因子で構成されており、約1,500項目に分類されている(ホームページ上では、第2レベルまでの分類を掲載)。
これまでの「ICIDH」が身体機能の障害による生活機能の障害(社会的不利を分類するという考え方が中心であったのに対し、ICFはこれらの環境因子という観点を加え、例えば、バリアフリー等の環境を評価できるように構成されている。このような考え方は、今後、障害者はもとより、全国民の保健・医療・福祉サービス、社会システムや技術のあり方の方向性を示唆しているものと考えられる。
2 日本語版「国際生活機能分類-国際障害分類改訂版-」の作成について
ICFは、英文で表記されているため、わが国で広く活用していくためには日本語で表現することが必要である。このため、平成13年6月より厚生労働省において、「国際障害分類の仮訳作成のための検討会(座長:仲村英一氏)」を設置し、分野別作業班による日本語訳を進めるとともに、よりわかりやすい表現とするため各方面からの意見を聴く等の作業を行ってきた。
3 今後のICFの活用について
ICFの活用により、
○ 障害や疾病を持った人やその家族、保健・医療・福祉等の幅広い分野の従事者が、ICFを用いることにより、障害や疾病の状態についての共通理解を持つことができる。
○ 様々な障害者に向けたサービスを提供する施設や機関などで行われるサービスの計画や評価、記録などのために実際的な手段を提供することができる。
○ 障害者に関する様々な調査や統計について比較検討する標準的な枠組みを提供することができる。
などが期待されているが、具体的な活用のあり方については、現在、WHOにおいても検討が進められているところであり、我が国においても研究事業等をとおして、効果的な活用方策の検討を行うこととしている
【引用元】厚生労働省ホームページ
「ICF」全てを素人が理解しようとすると大変難しく情報量も多いため、全ては書ききれないので割愛しますが、興味のある人は上記厚労省のHPへ行ってもらうか、ネットで検索して調べるか、日本語版「国際生活機能分類-国際障害分類改訂版-」を購入されることをお勧めします。
ICF国際生活機能分類 国際障害分類改定版 [ 世界保健機関 ] |
例題解説
ICFの中で、今回の例題に関係してくる「生活機能」について見てみたいと思います。
ICFにおける「生活機能」は以下の図のようになっています。
【出典】ケアトレ
「生活機能」の中には「心身機能・身体構造」と「活動」と「参加」の3つがあり、その背景因子に「環境因子」と「個人因子」の2つがあります。
今回の例題において
「環境因子」=「トイレに行くまでの距離や掛かってしまう時間」
「個人因子」=「左足の痺れで思うように歩けない」
という「阻害因子(反対にプラスの影響のものを「促進因子」と言います)」がわかります。
阻害因子がわかれば、それを改善するための方法を考えます。
この場面でのAさんのニーズは「失禁せずに排泄したい」ということになります。
日常生活全般で長期的なニーズは「自分で歩けるようになりたい」ということになるのでしょうが、それだけに捉われてしまうと他のニーズを見落としてしまったり、画一的な介護になってしまいます。
そうするとこの場合は「トイレの訴え時は車椅子で誘導する」というケア方法が導き出されます。
若しくは、居室内であれば「ポータブルトイレを設置してすぐに排泄ができるようにする」というケア方法になろうかと思います。
「歩ける人を車椅子で誘導?」と疑問に思われる人もいらっしゃるかもしれませんが「尿失禁してまで歩かなくてもトイレに行く時くらい車椅子を使用すればいい」のです。
最後に
今回は「ICFにおける自立支援」について例題を出して考えてみました。
なんでもかんでも「自立支援、自立支援…」と言って毎回自力移動や動作を促すだけでは「適切なケアとは言えない」ということがご理解頂けたかと思います。
介護支援専門員(ケアマネジャー)はICFを活用して分析しケアプランを作成することが推奨されています。
ケアマネだけでなく、直接介護に関わる我々介護職員も、ICFを意識したケア業務や分析をすると、専門性を深めることが出来るだけでなく「エビデンスに基づいた適切なケアを提供することが可能」になります。
但し、読み込めば読み込むほど、難解で奥が深いのも確かです。
専門性を高めるために「辞引き的なもの」として活用するのもありだと思います。