2018年12月8日の参院本会議で、外国人労働者の受け入れを拡大する「改正出入国管理法(改正入管法)」が成立しました。
この法律の成立により、政府は「介護分野に5年間で最大6万人の外国人労働者を受け入れる」という見込みを示しているわけですが、介護業界内では既に冷ややかな見方が出ているようです。
そもそも、この法律が成立する前から「介護は単純労働」と報道されるなど、介護業界や介護従事者にとっては、動向が気になる政策でした。
今回は「国が大大的に発表し外国人介護士の大量斡旋を開始している政策と介護現場との温度差」について記事を書きたいと思います。
ニュース概要
改正入管法 「介護分野で最大6万人」 政府の期待に冷ややかな見方
8日成立した改正入管法で新設される在留資格「特定技能」によって、「介護分野に5年間で最大6万人」とする政府の受け入れ見込み数に対し、事業者から冷ややかな見方が出ている。
既存の在留資格で受け入れた外国人介護職は10年で5000人にも満たない。背景には言葉の壁に加え、国際的な人材獲得競争の激化もある。
5年後には約30万人もの人手不足が見込まれる介護業界。政府は特定技能による受け入れ見込み数を「5万~6万人」としている。
施設側の需要に基づいてはじき出した数字だが、「実際に集められるかどうかまでは考えていない」(厚生労働省幹部)。
介護職場で働く目的で日本国内に滞在するには、2国間の経済連携協定(EPA)、技能実習制度、在留資格「介護」の三つがある。EPAが介護分野への門戸を開いた2008年以降、今年度までに受け入れたのはわずか4302人。17年に始まった介護分野の技能実習は247人、在留資格「介護」は177人にとどまる。
人手不足が深刻であるにもかかわらず、外国人介護職の受け入れが進まない理由について、ある大手介護会社の担当者は日本語の壁を挙げる。介護では利用者や他の職員との円滑な意思疎通が求められるため、一定の日本語能力が要件として課されている。
この担当者は「日本語の習得は難しい。重労働の割に待遇のよくない介護職に就くためにわざわざ勉強するモチベーションがわきにくい」と話す。
「世界的な人材獲得競争に負けている」とみるのは神奈川県内の社会福祉法人幹部だ。
「日本の賃金水準は欧州より低い。EPAでも年々、人が集めにくくなっている」と嘆く。
政府は年度内に特定技能で求める日本語能力や介護技能の基準を定める。人をたくさん集めるにはハードルは低い方がいいが、それでは介護の質を維持できない。介護事業者団体の幹部は「特定技能では焼け石に水だ」との見通しを示す。
【引用元】毎日新聞
冷ややかな理由
人材不足にあえぐ介護業界なのですから、今後5年間で6万人もの外国人介護士が投入されればありがたいことのはずです。
それなのに何故、業界内の事業者などは冷ややかな見解を示しているのでしょうか。
理由①「言葉の壁」
ある一定のレベルまでは日本語を習得している外国人だけが受け入れ対象となるのでしょうが、日本語の難解さがそれでも乗り越えられない壁を作り出しています。
日本語には「ひらがな」「カタカナ」「漢字」の種別があり、日常の中に入り混じって使われています。
更に、常用漢字は2000字以上あり、そのひとつひとつに「音読み」と「訓読み」があります。 それだけの文字や読み方を覚えるのは至難の業と言えます。
他にも会話で言えば、日本語は主語を省略することが多いのですが、それでも会話が成立します。
例えば
利用者:「トイレに行きたいです」
介護士:「行きましょうか」
利用者:「お願いします」
という何気ない会話ですが、どこにも主語が出てきません。
英語なら「I(私)」「You(あなた)」「He(彼)」などの主語が会話の中に出てきます。
文法も英語のように「S(主語)→V(動詞)→O(目的語)」ではなく、日本語は「S(主語)→O(目的語)→V(動詞)」となる上に、主語や目的語までもが省いて使われることが多いため、外国人にとっては難解なものになるでしょう。
我々日本人は、義務教育9年間とその後の人生において、日本独特の「わび・さび」も含め、これらの日本語をマスターしてきたのです。
介護現場では、職員同士の連携も大切ですし、相手は長年日本語に触れてきた高齢者なのですから「言葉の壁は厚く、高い」と言えます。
理由②「世界的な人材獲得競争に負けている」
「日本の賃金水準が欧州より低く、EPA(経済連携協定)でも年々、外国人材が集めにくくなっている」ということのようですが、そもそも「介護業界の賃金水準は日本の中でもワーストを争っている水準」という所に大きな問題があります。
日本が既に世界に負けているのに、日本の中でも更に負けている介護業界に喜んで来る人材がいるのでしょうか。
ましてや、そんな業界で働くために、習得するのが難解な日本語を勉強するモチベーションが上がるでしょうか。
ですから、日本政府は、賃金水準の低いベトナムやフィリピンなどの発展途上国をターゲットにして受け入れを拡大しているのですが、そういった人達も、同じ介護業界で働くなら「賃金水準が高い欧州などを選択し、日本は避ける」ということになります。
誰だって、賃金が高く待遇が良い環境で働きたいと思うのは当然なのです。
理由③「そもそも信じられない」
「介護業界全体で国を信用していない」と言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、未だに介護現場の人材不足や労働環境の劣悪さや賃金水準の低迷が続く中、「実績として目に見えた改善」が全く行われていません。
政策の殆どが「目の前にぶら下げられたニンジン」「絵に描いた餅」ばかりです。
外国人介護士で言えば、既存の介護の在留資格で日本全体で受け入れた外国人は10年間で僅か4300人ほどです。
過去の実績として10年間で4300人しか受け入れが出来なかったのに「5年で6万人も受け入れることが可能なのか?」という「そもそも論」になります。
この5万~6万人という数字は、施設側の需要に基づいて出された数字なのであって、実際に受け入れて供給することが確約されている人数ではありません。
ましてや、厚生労働省の幹部が「実際に集められるかどうかまでは考えていない」という発言をしているのですから、人材確保の信憑性は尚更低く感じます。
「検討中だが難しい」ではなく「考えていない」のですから先が思いやられます。
期待してしまうと、ダメだった時のガッカリ度が高くなってしまうので、「最初から期待せず信用もしない」という自己防衛法が取られているのです。
そもそも、今回の外国人介護士の受け入れについて、介護の専門家や業界の人が関わったり意見を擦り合わせたりする機会があったのでしょうか。
外国人材の受け入れ・共生のための「総合的対応策検討会」のメンバーを見ると「現場を知らない官僚」ばかりであり「机上の空論を見切り発車させた政策」にしか見えません。
最後に
今回の改正入管法での外国人介護士の受け入れについては、私も冷ややかな見方をしています。
外国人であろうと、人材確保ができることは良いことなのですが、まず「日本では介護人材が集まらないから発展途上国の外国人を受け入れよう」という考え方がいけ好きません。
日本で介護人材が不足している原因は「賃金水準」と「労働環境」の問題であることはハッキリしています。
原因が明らかなのに、そこから目を背け、臭いものに蓋をするような政策では根本的な解決にはなりません。
今回の外国人介護士の受け入れのために使われるお金を、日本の現場介護士のために使ったり、制度や給与水準そのものを見直していくために使われた方が、介護業界のためであり、利用者のためであり、現場介護士のためであり、ひいては日本のためであると思います。
結論として、外国人介護士の受け入れは「机上の空論を見切り発車させた焼け石に水」政策であると言えます。