よく「介護保険制度は要支援1と要支援2(の軽度者)を見捨てた」と揶揄されることがあります。
それがどういう意味かと言うと、2017年4月から始まった「新しい総合事業(新総合事業)」により、今まで介護予防給付されていた「訪問介護」と「通所介護」が介護保険制度から切り離されたことを指します。
ちなみに、介護保険法では「介護予防」「介護」という言葉が使われていますが
「介護予防」=要支援1~要支援2
「介護」=要介護1~5
のことを指し、要支援者の給付やサービスには「予防」という文字が付け加えられています。
さて、では何故、要支援者が介護保険制度から切り離されたことによって「介護保険制度が破綻している」と言えるのでしょうか。
今回は「要支援者を切り捨てたことによって誰も得をしなくなった介護保険制度」について記事を書きたいと思います。
総合事業とは
冒頭でも少し触れましたが、「新総合事業」についてもう少し詳しく解説したいと思います。
介護保険制度は長ったらしい漢字の羅列や同じことでも違う名称や呼び名があって、益々頭がこんがらがるシステムになっています。
ちなみに、総合事業は介護保険法では「介護予防・日常生活支援総合事業」として定められています。
図で表すと下記になります。
【出典】厚生労働省
恐らく、上記図を初見で見てすぐに理解できる人は少ないだろうと思います。
介護保険制度自体が「既に一般の人には理解しがたい制度となっている」というのは間違いありません。
その上で出来るだけわかりやすく解説しながら話を進めていきたいと思います。
そもそも「総合事業」と「新総合事業」との違いは?
という細かいことまで気になってしまいますが、正直私もどういう使い分けをしているのかわかりません。
「新」がつくのか、つかないのか、という点です。
結論から言うと、一緒のものだと思って頂いたらいいかと思います。
一緒なのだったら、「新」をつけたりつけなかったりせずにどちらかに統一すれば良いと思うのですが、本当に介護保険制度は理解がしがたい制度です。
ということで、当ブログでは以後「総合事業」という呼び名に統一します。
【決定から完全移行までの推移】
2015年の介護保険制度改定の際に導入を決定、市区町村が順次実施していくこととなる
2017年4月が導入期限
2018年 完全移行
という流れになり、2019年現在では全市区町村が導入し実施していることになります。
【目的・趣旨】
総合事業(介護保険法では、「介護予防・日常生活支援総合事業」として定められています。)は、市町村が中心となって、地域の実情に応じて、住民等の多様な主体が参画し、多様なサービスを充実することで、地域の支え合い体制づくりを推進し、要支援者等の方に対する効果的かつ効率的な支援等を可能とすることを目指すものです。
【引用元】厚労省ホームページ
建て前で言えば、「市町村の裁量の範囲を広げて地域の異なる実情に応じて適切・適度・的確なサービスの提供を可能にする(新たなサービスを作ることも可能)」ということですが、実情は「介護保険の財源が枯渇しそうなので、自治体に一部(上限額内)の運用を委ねて、民間企業やボランティアや近隣住民を使って財源の支出を抑えるため」になります。
【対象者】
・要支援1~2の人
・地域包括支援センター等にある「基本チェックリスト」に該当する65歳以上の高齢者(要介護認定が非該当の一般高齢者でも可)
【サービス内容】
・訪問型サービス
・通所型サービス
・生活支援サービス(配食サービスやゴミ出しボランティア等)
・介護予防支援事業
・一般介護予防事業
上記サービスを介護事業所だけでなくNPO法人や民間企業やボランティアや地域住民で提供していくことが可能になりました。
【財源】
「介護保険制度から切り離した」と言っても、結局財源は介護保険になります。
「それでは財源の支出を抑えられないのではないか?」と思われるかもしれませんが、カラクリがあります。
肝は「市区町村ごとに上限額を定めて(※)その範囲内で運用させることにした」という点になります。
万が一、上限額を超えてしまった場合は保険者である市区町村がその不足額を負担する必要があります。
そうなると、市区町村は死に物狂いで上限額を超えないようなサービスを展開していくことでしょう。
国の狙い通りの展開になってきているのです。
※上限額の算定方式
【原則】
【当該市町村の事業開始の前年度の(予防給付(介護予防訪問介護、介護予防通所介護、介護予防支援)+介護予防事業)の総額】×【当該市町村の75歳以上の高齢者の伸び】
【選択可】
【当該市町村の事業開始の前年度の(予防給付全体+介護予防事業)の総額】×【当該市町村の75歳以上の高齢者の伸び】-当該通所の当該年度の介護予防給付総額
上記のどちらの上限を選択しても良いことになっている。
「地域の支え合い」という名の引き延ばし作戦
総合事業について、ここまで書いていくと「財源を抑えられる」「要支援者などの軽度者は介護保険の介護予防給付よりもボランティアや自費を使え」「地域住民が結束し助け合いの精神を育もう」という方針は耳触り良く聞こえます。
しかし、冷静に考えると何かに似ています。
「年金制度」の受給年齢の変遷です。
昭和後期には55歳から年金を受給することができましたが、その後受給年齢が60歳に引き上げられました。
近年では65歳から満額受給可能となり、以前より更に段階的に引き上げられています。
今後、年金を満額受給できるようになる年齢は70歳になり75歳になり80歳になっていくであろうと予想されています。
我々現役世代が年金を受給できる日が来るかは完全に不透明です。
仮に受給できるとしても、最低限度の生活が維持できるだけの金額が貰える保障は何もありません。
年金制度も「破綻している」とか「破綻寸前」と言われていますが、介護保険も正にこの状態と言えるのではないでしょうか。
今まで介護予防給付として介護保険から支出していた要支援者を段階的に排除している状況です。
もっと言えば、今後は要介護1や要介護2の人までこの「総合事業」を適用していく話もありますし、訪問リハビリや福祉用具貸与など他の介護サービスや要介護1~5の人への訪問介護の家事援助を外していく、という具体的な検討もされているようです。
このままいけば、我々が介護保険を使う必要がある年齢に達した時には、今よりももっと多くの制限を掛けられている可能性を危惧してしまいます。
年金と同じように完全に不透明なのです。
やっていることが既に破綻した制度の引き延ばし作戦にしか見えません。
専門性を貶(おとし)める
「介護職員が不足しているからボランティアを起用しよう」というのはあまりにも短絡的すぎます。
それではまるで「介護は誰でもできる」と政府が言っているのと同義です。
ゴミ出し等はボランティアでも可能でしょうが、訪問介護や通所介護まで素人同然のNPO法人や民間団体が参入することにより、介護全体の質の低下を招きます。
もちろん、質の高いサービスを提供しようとする法人や団体もあるでしょうが、構造的に儲からないので、規模を拡大することができませんし、継続していこうとすると質を低下せざるを得ません。
要は、地域全体を「低賃金で自己犠牲や奉仕色の濃かった一時期の介護職員の待遇」のような環境にしようとしているのが総合事業になります。
介護職員の時と同じように、やがて撤退していくか、処遇改善を求める声が上がる日が来ることでしょう。
ボランティア精神や奉仕色の強い総合事業は、介護の質を低下させる制度だと言えます。
地域格差が拡大
総合事業は各自治体に一定の裁量権があるので、その地域の特性や特色を活かすことができ、全国一律の画一的なものから独自性・個別的・個性的なサービスの提供が可能になるという建て前があります。
その反面、「市区町村の能力やポテンシャル」によって地域格差が生じてしまう危険性があります。
若者の居住率が高い地域もあれば、高齢者ばかりの地域もあるでしょう。
そして、保険者たる自治体の能力にも左右されてしまいます。
若者が多ければその地域の潜在能力が高いと言えますが、総合事業としての予算が少なくなることが予想され、更にはその若者同士で予算と高齢者を取り合うことになります。
逆に高齢者ばかりの地域では、予算は多くなるのかもしれませんが、アクティブに質の高い介護を提供したり活動できる人が少ないと言えます。
もっと言えば、若者の方が高齢者やボランティアに無関心で興味がなく、高齢者同士の方が密接な互助活動を発揮できる場合もあり得ます。
地域の特性や特色を活かせると簡単に言っても、すごく上手くいっている自治体と全く機能していない自治体が発生し、地域格差が拡大していくことが懸念されます。
互助活動が機能していない自治体に住む高齢者は切り捨てられる可能性が高くなった制度となります。
最後に
「総合事業」について、出来るだけわかりやすく解説しましたが、いかがだったでしょうか。
正直、介護保険制度について勉強し続けていないと理解もしがたく数か月も経てば内容を忘れてしまいそうな制度です。
結論で言えば「介護保険制度は既に破綻しているから総合事業が始まった」と言っても過言ではありません。
何故なら、「地域住民の結束」だとか「地域の特色特性」だとか「自治体の裁量権の拡大」だとか「要支援者への効果的かつ効率的な支援」という耳触りの良い言葉が並びますが、冷静に考えて、「結局誰が得をしているの?」ということを考えれば答えは必然的に出てくるからです。
そもそも、本当に効率化を図るなら、一般の人や高齢者が理解に苦しむようなこんな煩雑・複雑で理解しにくい政策はやめた方がいいと思います。
その時点で誰も得をしていません。
「高齢者」は質の高い介護を受けられる機会が減りました。地域で手厚さの格差も生じます。
「地域住民」にはボランティアという名の自己犠牲を推進されています。
「NPO法人や民間団体」は介護の質を落とさずにサービスの提供をすることが困難になりました。
「介護職などの現場従事者」は「素人でもできる仕事」という謂われなき手かせ足かせをつけられることになり専門性を貶められました。
「保険者である市区町村」は裁量の範囲が広がりましたが仕事も増えました。
「政府」は介護保険の中から上限を設けて各自治体に丸投げすることで、財源の支出を抑えることができました。
以上のことを鑑みて、唯一得をしているのは「中央政府」になります。
財源の支出を抑えることで、介護現場などに効率的に分配してくれればいいのですが、それもしません。
それをすると「介護保険制度が本当にパンクしてしまう」からです。
そんな状況である以上「介護保険制度は既に破綻している」と言っても過言ではありません。