ホッとするニュースが流れてきました。
特養入所者がおやつのドーナツを喉に詰めて窒息死したことで、おやつがゼリーに変更になっている確認を怠りドーナツを提供した准看護師が業務上過失致死の罪に問われていた事件の判決が東京高等裁判所(以下、東京高裁)で判決が出たのです。
2審となる東京高裁の判決は、1審の長野地方裁判所松本支部の罰金20万円の有罪判決を取り消し、「逆転無罪」になりました。
私を含めこの事件の動向が気になっていた介護関係者も多いのではないでしょうか。
東京高裁での裁判では、証人尋問を却下され即日結審となったことで、「准看護師側に不利な状況」という見方が強かった中での逆転無罪ですから、良い意味でのサプライズ的な嬉しさや驚きがあります(下記記事参照)。
とにもかくにも、本当に良かったという一言に尽きます。
控訴審で争点となっていた、
- 死亡した入所者の死因
- 准看護師の過失
はどのように解釈されたのでしょうか。
ドーナツ喉詰め裁判が東京高裁で逆転無罪判決
2審となる東京高裁では、介護現場の実情に即した判決となったと言えます。
更には、1審の判決について「1審は被害者に対するドーナツによる窒息の危険性を具体的に検討すべきだったのにそれを見過ごしている」と指摘してバッサリ切り捨てています。
争点の解釈は?
今回争点となっていた、
- 死亡した入所者の死因
- 准看護師の過失
の2点はどういう解釈をされたのでしょうか。
争点1.死亡した入所者の死因
ドーナツを喉に詰めたことが直接の死因となるのかの因果関係が争点とされていました。
東京高裁の裁判長は、「おやつなどの間食を含めて食事は人の健康や身体活動を維持するためだけでなく、精神的な満足感や安らぎを得るために重要だ。身体的なリスクに応じて幅広くさまざまな食べ物を取ることは、人にとって必要だ」と指摘しています。
つまり、ドーナツを喉に詰めて窒息死したことが直接の死因かどうかには言及せず、「ゼリーであれドーナツであれ普段の食事であれ、色々な食べ物を食べ精神的な満足感や安らぎを得ることは人間にとって重要」という白黒つけぬ指摘となり、「ドーナツによる窒息の危険性を具体的に検討することが必要」ということになり次に続きます。
※死因が窒息なのか脳梗塞なのかに言及しなかった理由として、「起訴から5年以上経過しており、その検討に時間を費やすのは相当ではない」と指摘しており、争点として除外されたと解釈できます。
要は、「これだけ月日が経っているのだから、今更死因の因果関係を考えても仕方がないよ、別の重要な争点を洗い出して考えよう」ということになります。
争点2.准看護師の過失
准看護師の過失については、
- 入所者の注視を怠った過失
- おやつがゼリーに変更になっていたのに誤ってドーナツを配った過失
の2つの過失が争点とされていました。
東京高裁の裁判長は、
「死亡した入所者は1週間前までドーナツやおやき、いももち、今川焼、ロールケーキ、どら焼き、まんじゅう等を食べていたが窒息などは起きなかった(ドーナツも通常の食事の範囲を超えるものではない)」
「おやつがゼリーに変更されていた目的は嘔吐防止であることが認められる」
「ドーナツに限らずゼリーであろうとあらゆる食品において窒息の原因になってもおかしくはないため、窒息の危険性を完全否定できる食品を提供することは困難」
「おやつの形状が変更されていたことは准看護師の通常業務の中では容易に知ることができなかった」
「ドーナツで窒息する危険性や、死亡するとあらかじめ予測できる可能性は低く、ドーナツを提供したことが刑法上の注意義務に反するとは言えない」
と指摘しています。
つまり、入所者の注視を怠った過失と誤ってドーナツを配膳した過失及びドーナツの喉詰めの危険性について、「刑法上の注意義務違反とは言えない」という結論になります。
※民法上の注意義務違反になることは否定されていないため注意が必要。
※「准看護師の通常業務」とされているため「介護職員の場合は通常業務」となり得る可能性があることに注意が必要。
※准看護師であれ介護職員であれ「ドーナツによる窒息の危険性の有無(判旨では危険性が低い及び危険性が否定できないとしても食事の提供が禁じられるものではないと指摘)」と「予見できたか否か(判旨ではあらかじめ予見できる可能性は低いと指摘)」は重要なポイントであることに注意が必要。
※提供してはいけない食事形態だとわかった上で提供した場合は「予見可能だったため刑法上の注意義務違反に問われる可能性はある」という点には注意が必要。
以上により、1審の有罪判決を取り消して「逆転無罪」の判決となりました。
検察側が上告しなければ無罪が確定するが
逆転無罪となり手放しで喜びたいところですが、日本の裁判制度は三審制を採っているので検察側が上告すれば最高裁判所(以下、最高裁)までもつれ込みます。
つまり、「検察が上告しないとわかるまでは安心できない」わけです。
検察側が2審の判決を不服として最高裁に上告した場合は、このドーナツ裁判はまだまだ続きます。
准看護師側の弁護団も「検察は無罪判決を真摯に受け止め、上告しないとの決定を速やかにおこない、被告を解放すべき」との声明を出しているようですが、今後の検察側の判断と動向に注目が集まることになるでしょう。
検察側が上告しないという決定をした場合は、今回の2審で終結し「無罪が確定」します。
最後に
今回は、特養入所者のドーナツ裁判について東京高裁が逆転無罪判決を言い渡したことについて記事を書きました。
この裁判は既に6年半に及んでいます。
6年半と言えば、「おぎゃあと産まれてきた子が小学校に入学する年月」「小学1年生が中学に入学するくらいの年月」です。
諦めずに長きに渡り戦ってこられたことに頭が下がります。
正に「自らの(ひいては介護現場の)自由や権利を守るための不断の努力をされている」と言っても過言ではありません。
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
【引用元】日本国憲法
次は上告をするのかしないのかという検察側の判断と決定を待つことになりますが、今回の東京高裁の判決が「真実の証明であり今後の介護現場への追い風」となって欲しいと願っています。
(2020年8月11日追記)
当該裁判の無罪が確定しました(下記記事参照)。
コメント
①介護職ではないもののとりあえず、朗報でしょうかね?
業務的に延長/類似であるので介護職もどう解釈に預かりたいものです。
こういったら何ですが、たかだか介護職ごときに生命のあれこれを求められたくないですね。生命という意味であれば子供ではなく、まだ死に近い老人を取り扱っているわけですから結果的には広義的な延命しているわけで。
広義的な延命であれ、件であれそんなに言うなら介護職員全てを医者か看護師資格持ちにしないと介護をする側だって割に合いません。とはいえ介護は看護の下位互換として安く設定されていますから、資格分上乗せとしても金額はたかが知れていますからね。
そんな社会になったとしたら、看護業務ができる介護として業務過多が目に見えますね。現状でも吸引を介護にやらせていますし(一応有資格者対象とは言え)
②勘繰ると本件て訴訟ビジネスな気がぬぐえません。
明確に暴力や殺意があったというなら百歩譲りますが。
訴訟の利用法も一つに真実(事実)の証明/明確化なんてものもあるようですが、どうなんでしょう。
たぶん遺族側は介護経験も興味もないでしょうからわからないかもしれませんが、介護現場を知っているものとしては引用内容は納得がいくもので、事実以外に何もなくこれで終わりなのですが今回まで引き続くということは訴訟ビジネスかなと勘繰ります。
もう一つ邪推すると、故利用者の年金が高額だったのでしょうかね。だから困ったみたいな。過去にはそれで親を死体遺棄したなんて事件もいくつかありましたし。
③勘繰るついでにこれもっと大きくならないかなと、いい意味で。
現状下火ですが。
拡大解釈して、おやつ業務を法律で禁止にしてくれませんかね?百歩譲って認知症のない介護度の軽度の老人相手に限り。
法律って業界問わず業務を楽にしようなんて意図が基本込められていないですが、そうすれば件のことも極めて起きにくいし、その分関わり(笑)が増やせますし。
もっともっといえば、食事介護を禁止にしてくれませんかね。そうすれば誤薬も誤嚥もなくなるし。いいことづくめ。
そのためには、病院のベッド規制?を撤廃してくれませんかね。数十年前のようにそれこそ老人が亡くなるまで病院で過ごせる状態に戻す必要がありますが。
または時代も変わったし、大好きな法律の新設(規制)で介護専用の病院でも作れば、ただ、食事介護などの重度専門で。まぁ利権の都合上そうはなりにくいでしょうが。
少なくとも本件だけでは難しいでしょうし、趣旨も違うようだからあれですが、食事介護の必要・不必要まで解ける状態まで行ければ・・・
>めど立てたい人さん
コメントありがとうございます^^
①介護業界の今後や将来性が良くなるのかならないのかは別として、一職員が罪に問われることになったものの高裁で無罪判決が出たことは朗報と言えるでしょうね。
もちろん、検察側が上告して最高裁にもつれ込む可能性もありますが。
②遺族が民事訴訟を提起したのかまでは定かではありませんが、当該裁判は刑事裁判ですから「お金(損害賠償)」とか「ビジネス」とかではなく、検察の「法治国家における正義と秩序のため」の裁判になりますね。
③確かに「自力で食べられなくなったら一種の寿命」という考え方でいくと、介護職の食事介助はナンセンスな業務になりますよね。
それこそ法律で根拠がないと現状では難しいでしょうし、「食事介助をされてでも生きたい」という人が1人でも居る場合は線引きすることが困難なのでしょうね。