介護施設では「身体拘束」は虐待に当たるので基本的にやってはいけません。
「基本的に」というのは、ある3つの要件(三原則)を満たせば身体拘束が可能とされています。
また、「拘束」と言うと、
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という印象がありますが、他にも「不適切ケア」「厳密に言えば拘束」「出来ればやらない方が良いやり方」と言われている「様々なグレーゾーン」が存在します。
虐待の分類やグレーゾーンについては、下記記事をご参照下さい。
グレーゾーンは「身体拘束同意書」を必要とはしませんが、介護現場では「やらない方が良い」という以前に「それがグレーゾーンであることを知っておく」ということが大切です。
2018年の介護報酬改訂で、身体拘束に関する減算の見直しがあり「介護職員その他の従事者に対し、身体拘束等の適正化のための研修を定期的に実施する」と書いてあるので、多くの事業所で「身体拘束に関する研修」も行われているのではないかと思います。
介護業界や事業所が言っていることもわかる反面、現場介護職員としては
「「何でもかんでも拘束」と言ってしまうのは限界があるのではないか」
「あまりにも過剰で異常ではないか」
と思うところもあるので、今回はそのことについて記事を書きたいと思います。
身体拘束の3原則について
まずは、身体拘束ができる要件を確認しておきたいと思います。
厚生労働省のガイドラインでは「緊急時にやむを得ない場合」は3つの原則により身体拘束ができるとしています。
※「身体拘束ができる」という言い方には語弊があるかもしれません。厳密には「緊急やむを得ない場合を除いて、身体拘束や行動を制限する行為は原則禁止」と書いてあります。
1.切迫性 :本人または他の利用者の生命または身体が危険にさらされる可能性が高いとき
2.非代替性:身体拘束以外に代替する介護方法がないこと
3.一時性 :身体拘束は一時的なものであること
- 「緊急時やむを得ない場合」の判断は、担当の職員個人またはチームで行うのではなく、施設全体で判断することが必要である。
- 身体拘束の内容、目的、時間、期間など高齢者本人や家族に対し十分に説明し、理解を求めることが必要である
- 介護保険サービス提供者には、身体拘束に関する記録の作成が義務付けられている
【引用元】厚生労働省「身体拘束に対する考え方」より
これだけの要件を満たす必要があるために、介護施設での身体拘束は色々とハードルが高いものだということがわかります。
介護施設で同意書を取った上で身体拘束をするのは「自傷行為」がある利用者が多い印象があります。
介護業界が禁止しているもの
介護保険施設等で「身体拘束その他入所者(利用者)の行動を制限する行為」として禁止しているものには具体的に以下のものがあります。
1.自分で柵を外せない利用者のベッドをベッド柵で囲む
2.ベッドの片側を壁につけ、もう一方はサイドレールを使用し、転倒を防ぐ 3.ベッド柵を抜かないように柵を固定する 4.転倒時の外傷予防に帽子をかぶる 5.車椅子や椅子からずり落ちないようにY字型拘束帯や腰ベルトをつける 6.居眠りのある利用者を車椅子で見守る 7.徘徊しないように、車椅子や椅子、ベッドに体幹や四肢を紐で縛る 8.車椅子や椅子から立ち上がれないように動かないテーブルに車椅子(椅子)を入れる 9.立ち上がりが難しいソファに利用者を座らせる 10.普通型の車椅子は前のめりになることがあり危険な為ティルトの車椅子に乗せる 11.ベッドから降りるのが解るようにセンサーマットを置く 12.転倒防止のためにセンサーマットを置く 13.脱衣やおむつはずしをしないように、つなぎ服を着せる 14.経管栄養のチューブを抜かないように手にミトンをはめる 15.経管栄養のチューブを抜かないように四肢を紐で縛る 16.自分の意思で開ける事が出来ない居室に隔離する 17.園外やベランダに勝手に出ないように窓を2重ロックする 18.行動を落ち着かせる為に向精神薬を過剰に服用させる 19.非常階段入口に椅子、パーテーションを並べ出られないようにする 20.呼んでいる利用者に「ちょっと待って」と待たす 21.コールが手の届かない所にある 22.徘徊している利用者の行動を制限する 23.「ここに座ってて」と見守れる所に居てもらう 24.食事のエプロンの上にお膳を乗せ食べてもらう 25.食事の1時間前に食堂に誘導しエプロンをつける 26.車椅子を1列に縦に並べ待機してもらう 27.拘縮がある為、服の袖を通さず、前から落ちないように後ろでくくる |
上記にはグレーゾーンも含まれていますが、介護現場では「全て禁止」とされているものです。
しかし、中には普段の介護現場で何気なく行っているものもあるのではないでしょうか。
【参考文献】厚生労働省「身体拘束ゼロに役立つ福祉用具・居住環境の工夫~「生きる意欲」を引き出す環境づくり~」
何でもかんでも「拘束」には無理がある
普段の介護現場でやってしまいがちな「グレーゾーン」について考えていきたいと思います。
センサーマットについて
上記項目の11と12にセンサーマットについての記述があります。
しかし、多くの介護施設ではセンサーを導入しているかと思います。
厚生労働省によれば、「プライバシーの保護の観点からの検討や、精神的な拘束にならないような配慮についても十分に行うことが必要である」としています。
つまり、事業所全体でプライバシー保護や精神的な拘束について配慮されていれば「グレーゾーンとしてセンサーを使用しても良い」と読み替えることができます。
あまりにも抽象的でわかりにくいですが、「転倒や事故の防止が主目的であり、誰でもかれでもセンサーを設置するのは不適切」であると言えます。
スピーチロックについて
上記項目の20に、利用者に「ちょっと待って」と言って待たせるという記述があります。
これも人員不足の介護現場では言ってしまいがちな発言になります。
1人の職員で複数人の利用者の介護を行っているのですから、訴えが重なることもありますし、一人一人順番にケアに当たるのは当然です。
その際に「少々お待ちください」と言うことさえ許されません。
「待って欲しい」という発言が、利用者の行動を制限し(身体的拘束)、精神的な苦痛(精神的拘束)に当たるため「スピーチロック」と言われています。
しかし、どう考えても不可能なものは不可能なのですから、利用者には待ってもらわなければならない状況は必ず発生します。
そこで介護業界の人が思いついた言い方が
「あと〇分お待ち頂けますか?」
「次にご案内しますね」
と言うことで拘束ではなくなるようです。
しかし我々の普段の生活の中でも「待つ」という状況は度々発生します。
飲食店、病院、ホテル(旅館)、市役所、銀行、レジャー施設などや家庭内でもあり得ます。
この際、介護施設でも「番号札順に対応しますので少々お待ちください」という風に「番号札」を採用したらいかがでしょうか。
食事のエプロンについて
上記項目の24に食事のエプロンの上にお膳を置くという記述があります。
これも多くの介護施設で行っているのではないでしょうか。
こういうエプロンの使用方法には「食べこぼしで服が汚れるのを防止する」という理由があります。
では、何故「厳密に言えば拘束」になってしまうのでしょうか。
この状況では「エプロンとお膳によって身体がテーブルに繋がれ、自由に動くことが出来ないので、利用者をテーブルに拘束している」ということになります。
ですから本来はやってはいけないケア方法になります。
もし行政がその現場を見れば「身体拘束」と取られてしまう可能性があります。
「食べこぼし防止のためなので、身体拘束をする意図も意思もありません」と申し開きをしても、
「食べこぼしで服が汚れたら、その都度着替えればいいじゃないか」
「汚れたら服を着替えることこそ、人間らしい生活ではないか」
「人間らしい生活をすることで利用者のQOLを向上させ、更衣する動作でADLの維持や向上をさせるのが本来のケアの目的ではないか」
などと指導を受けてしまうかもしれません。
しかし実際問題、1日3食プラスおやつで計4回の更衣を、10人の利用者に行っていたら、それだけで40回の更衣が必要になります。
それ以外にも排泄や入浴などの「3大介護」で様々なケアが必要になってきます。
万年、人員不足のケアスタッフでは到底間に合わないのは現状を見ればわかることです。
というような訴えが現場から言うことが出来れば、行政から事業所に対して「人員確保の指導」が入る可能性もありますが、どちらにしても現場職員の負担は大きいのです。
赤の他人に家庭的なケアを求める矛盾
家庭だったらベッドに4点柵をしようが、車椅子の腰ベルトをしようが、家から出られないように外から鍵をかけようが、食事でエプロンの上にお膳を置こうが問題はありません。
「赤の他人である介護職員」が「介護施設という空間の中で」おいそれと「身体拘束」をしてはいけませんよ、ということなのは理解が出来ます。
しかし、赤の他人である介護職員に
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を追求させるには制約が多すぎて矛盾が生じてきています。
何でもかんでも「拘束」「虐待」と言って、現場スタッフを縛り付け、業務を押し付ける前に、政策や施策や方針の矛盾を解消していくことの方が先ではないでしょうか。
本当に「拘束」されているのは、「介護職員の日常業務や労働環境や生活の質に関わる処遇と人権」なのです。
最後に
今回は、介護現場で「拘束や虐待」となってしまう具体的な事例と何でもかんでも禁止されてしまう「不適切ケア(グレーゾーン)」の実情について記事を書きました。
日常的に行われているものもありますが、我々介護職員にまず必要なのは「今、自分がやっていることは業界ではグレーゾーンと呼ばれているものだと知っておくこと」です。
知っておくことで、適切に使い分けをして利用者を守ることも出来ますし、最終的には自分を守ることにもなります。
正直、腑に落ちないものもありますが、それが介護業界なのです。
利用者を守る前に自分を守ることが必要です。