多くの介護事業所では就業規則や社内規定などによって副業を禁止しています。
しかし、生活の質を保ったり向上させていくためには介護職員の収入では物足りないと思ってしまう人も少なくはありません。
また、今日明日の生活はどうにかなるものの、昨今話題にあがっている年金問題などもあり、将来のことを考えると貯蓄を蓄えておく必要があるため、「収入を増やしたい」「収入源を確保したい」と思うのは当然のことです。
そもそも、従業員の収入を上げるわけでもなく、将来への不安を抱えている状態を放置しながら「副業禁止」を謳う介護事業所は明らかにおかしいのは言うまでもありません。
しかしながら、だからと言って「副業禁止規定を無視」「隠れて副業をやる」ということは、自分にとって不利益が生じてしまうおそれがあるために推奨しないということについて過去記事で書きました。
確かに、国(厚生労働省)も「働き方改革実行計画」によって「副業・兼業(厚労省HP)」の普及促進を図っていますが、勘違いしてはいけないのは「国が推奨しているのだから副業をしても国が守ってくれる」ということではないので、勝手にそう思い込んでしまわないようにする必要があります。
あくまでガイドラインなのですから、強制力があるわけでも労働者の保護が確約されているわけではありません。
ですから、現状でまずは会社の判断が先に行われ、最終的には裁判所の判決で決することになります。
そうなると、過去に同じような就業禁止に関わる判例を確認しておくことは重要ですし、勝手な思い込みや「副業禁止は無視していい」「裁判をすれば絶対に勝てる」などという無責任な煽動を安易に信用しないようにしなければなりません。
今回は、「判例から見る事業所の副業禁止規定を無視してはいけない理由」について記事を書きたいと思います。
副業禁止に関わる判例
判例とは、裁判所の先例のことです。
ある事柄についての裁判所の見解のことで、判決や決定といった裁判所の裁定によって積み重ねられていきます。
そして、似たような内容の裁判があった場合に、その過去の判例を参考とされ重要視される傾向があります。
ですから、もし本当に「副業禁止規定を無視」して、裁判までもつれ込む覚悟があるのだとすれば、判例を確認しておくことが重要です。
副業禁止に関わる判例をご紹介したいと思います。
※長いので読むのがつらい人は「敗訴」か「勝訴」だけを確認して読み飛ばして下さい。
労働者側が敗訴した判例
副業禁止規定に違反して労働者側が負けてしまった判例が存在します。
つまり、敗訴した判例がある以上「副業禁止を無視しても問題ない」とは言い切れないことに留意しておく必要があります。
小川建設事件
(1)事件のあらまし
二重就職を懲戒事由とする就業規則の規定に基づき、勤務時間外にキャバレーで会計係等として就労していた原告が解雇されたため、地位保全と賃金支払の仮処分を求めた事例。
(2)判決の内容
労働者側敗訴
法律で兼業が禁止されている公務員と異り、私企業の労働者は一般的には兼業は禁止されておらず、その制限禁止は就業規則等の具体的定めによることになるが、労働者は労働契約を通じて一日のうち一定の限られた時間のみ、労務に服するのを原則とし、就業時間外は本来労働者の自由な時間であることからして、就業規則で兼業を全面的に禁止することは、特別な場合を除き、合理性を欠く。
しかしながら、労働者がその自由なる時間を精神的肉体的疲労回復のため適度な休養に用いることは次の労働日における誠実な労務提供のための基礎的条件をなすものであるから、使用者としても労働者の自由な時間の利用について関心を持たざるをえず、また、兼業の内容によっては企業の経営秩序を害し、または企業の対外的信用、体面が傷つけられる場合もありうるので、従業員の兼業の許否について、労務提供上の支障や企業秩序への影響等を考慮したうえでの会社の承諾にかからしめる旨の規定を就業規則に定めることは不当とはいいがたく、したがって、同趣旨の債務者就業規則第三一条四項の規定は合理性を有するものである。
本件債権者の兼業の職務内容のいかんにかかわらず、債権者が債務者に対して兼業の具体的職務内容を告知してその承諾を求めることなく、無断で二重就職したことは、それ自体が企業秩序を阻害する行為であり、債務者に対する雇用契約上の信用関係を破壊する行為と評価されうるものである。
そして、本件債権者の兼業の職務内容は、債務者の就業時間とは重複してはいないものの、軽労働とはいえ毎日の勤務時間は六時間に亙りかつ深夜に及ぶものであって、単なる余暇利用のアルバイトの域を越えるものであり、したがって当該兼業が債務者への労務の誠実な提供に何らかの支障をきたす蓋然性が高いものとみるのが社会一般の通念であり、事前に債務者への申告があった場合には当然に債務者の承諾が得られるとは限らないものであったことからして、本件債権者の無断二重就職行為は不問に付して然るべきものとは認められない。
これらの事情を総合すれば、債務者が前記債権者の無断二重就職の就業規則違背行為をとらえて懲戒解雇とすべきところを通常解雇にした処置は企業秩序維持のためにやむをえないものであって妥当性を欠くものとはいいがたく、本件解雇当時債権者は既に前記キャバレーへの勤務を事実上やめていたとの事情を考慮しても、右解雇が権利濫用により無効であるとは認めることができない。
【引用】小川建設事件 東京地裁
永大産業事件
(1)事件のあらまし
輸出合板の製造会社で雇用されていた労働者Xが会社の就業時間外にY鉄工所の仕事に従事したことにつき、就業規則の「許可なく会社以外の業務についたとき」にあたるとして懲戒解雇された事例。
(2)判決の内容
労働者側敗訴
一般的に就業時間外は労働者の自由であると認めながらも労働者Xの場合は、勤務先会社での本業に支障がでるほどの副業の勤務時間であったとして懲戒解雇は正当と認められ有効であって、労働者Xは既にY鉄工所の労働者ではない。
【引用】永大産業事件 大阪地裁
労働者側が勝訴した判例
勝訴と言っても、「一部認めて一部認めない」という判決も多数存在します。
ですから、ここでは「労働者側の完全勝訴」とは言えないものの「概ね勝訴」という判例も含めてご紹介します。
十和田運輸事件
(1)事件のあらまし
運送会社Aから営業譲渡を受けて設立した貨物運送等を業とする株式会社Yの従業員で家電製品の各小売店への配送業務に従事していたXら二名(労働組合分会の組合員)が、運送先の店舗より家電製品の払下げを受けて有限会社Bのリサイクル部に搬入し代価を受けていたこと、右行為が勤務時間中にかつYの車両を使用して行っていたことが、職務専念義務違反・就業規則各規定に違反するとして、懲戒解雇された。
右解雇は無効であると主張して、雇用契約上の地位確認及び賃金支払を請求したケース。
右就業規則はAの就業規則であったところ、本件解雇に係る通知書に示された根拠条文の摘示は解雇とは全く無関係のものであり、これらが誤記であることに合理的説明がないこと等を理由に、Yは本件解雇当時、本件就業規則の存在を認識していなかった。
本件解雇は普通解雇としてみた場合であっても、無効であるとして、地位確認請求及び賃金の支払請求が一部認容された事例。
(2)判決の内容
労働者側勝訴
被告において、本件各解雇当時本件就業規則以外の就業規則が存在することについての主張、立証のない本件においては、本件各解雇当時、被告には就業規則は存在しなかったというほかはなく、懲戒解雇は、原則として就業規則等の規定を前提として初めてこれを行うことができると解されることに照らせば、被告は、本件各解雇当時、従業員を懲戒解雇することはできなかったというべきである。
よって、本件各解雇は、懲戒解雇として無効である。
原告らが行った本件アルバイト行為の回数が2回程度の限りで認められるにすぎないことに、証拠及び弁論の全趣旨を併せ考えれば、原告らのこのような行為によって被告の業務に具体的に支障を来したことはなかったこと、原告らは自らのこのような行為についてCが許可、あるいは少なくとも黙認しているとの認識を有していたことが認められるから、原告らが職務専念義務に違反し、あるいは、被告との間の信頼関係を破壊したとまでいうことはできない。
以上の次第であって、本件各解雇を普通解雇としてみた場合であっても、本件各解雇は解雇権の濫用に当たり、無効である。
【引用】十和田運輸事件 東京地裁
定森紙業事件
(1)事件のあらまし
原告は、紙製品の販売会社Bの社員でしたが、妻の経営する同種A会社の営業に関与していたところ、これが就業規則の懲戒事由である「会社の同意なく在職のまま他に勤務した」に該当するとして懲戒解雇された事例。
(2)判決の内容
労働者側勝訴
申請人が「A会社」の営業に関与したことは、形式的には解雇事由に該当するようであるが、被申請人に黙認されてきたことであり、かつそのことによって被申請人に損害を及ぼしたとは認められないものである。
解雇が従業員に重大な影響を及ぼすことはいうまでもなく、解雇を有効とするには単に形式的に解雇事由に該当する事実があるというだけでは足りず、解雇を相当とするやむをえない事情があることが必要であるが、申請人の右「A会社」及び「B会社」に関する行為は解雇を相当とするやむをえない事情に当たるものとはとうていいえず、他に解雇事由に該当する事情もないから、被申請人が申請人に対してした懲戒解雇は無効というほかなく、申請人は被申請人の従業員の地位を有するものということができる。
【引用】定森紙業事件 大阪地裁
副業禁止を無視してはいけない理由
長々と判例をご紹介しましたが、つまり何が言いたいのかというと「副業禁止に関わる裁判には労働者側が勝つこともあるけど負けることもある」ということです。
ですから、声を大にして「副業禁止は違法なのだから無視すればいい」と言ったり煽動してしまうことは大変危険です。
もちろんそれは、介護事業所だけでなく全ての事業所でも当てはまることになります。
解雇権の濫用かどうかは裁判所が判断する
副業をしたことによって解雇された場合、もし本当に裁判までやるとすれば「お金」と「手間」と「時間」が掛かることは覚悟しなければなりません。
まずは、その覚悟があるかないかが大前提になります。
※迅速かつ適正な解決を図ることを目的とした「労働審判」という制度もありますので、労働者がどんどん活用して「もっとポピュラーなものになればいい」とも思っています。労働審判については機会があれば他の記事でご紹介します。
そして、裁判所が判断するのは「事業所が下した解雇権限が濫用に当たるかどうか」ということです。
個々のケースで論点は変わってきますが、判例から読み取れることは
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という点が重要であることがわかります。
その結果、勝訴することもあれば敗訴することもあるわけですから、思考停止のまま「副業禁止規定を無視してもいい」というわけにはいかないのです。
基本的にプライベートな時間は自由
業務時間外に何をしようが個人の自由であり、副業や兼業をすることを妨げられるものではありません。
副業をすることで犯罪者になってしまうこともありません。
その部分は裁判所でも認めている紛れもない事実です。
しかし、だから「副業禁止を無視しても大丈夫」と言ってしまうのは早計すぎます。
何故なら、本当の問題は「その先」にあるからです。
前述したように、事業所の「懲戒権限や解雇権が濫用に当たるか当たらないか」「労働者側に落ち度があるか無いか」という点が非常に重要です。
「給料が少ないから副業規定を無視してもいい」と考えるのは、ただの感情論に過ぎず正当性を主張するのはあまりに幼稚すぎます。
貯蓄や将来のためのリスクヘッジとして副業をするにしても、副業禁止規定を無視したまま強行してしまうことで最悪の場合、本業を解雇されてしまう可能性があるのです。
収入を増やすための副業なのに、本業を解雇されてしまったら何のためのリスクヘッジなのかわからなくなってしまいます。
本当にリスクヘッジをしていくためには、「本業(収入源)を失わないような方法」が必要です。
ですから、会社の「副業禁止規定を無視してもいい」と考えたり煽動してしまうことは大変危険であると言えます。
本当の意味でのリスクヘッジ
ここまで書いた流れでは「副業禁止規定のある会社では副業ができない」というような内容に読み取れるかもしれませんが、会社の言いなりのまま社畜として働いていくことを推奨しているわけではありません。
国も副業や兼業を推奨しているこのご時世ですから、事業所ももっと副業を許可していく必要がありますし、従業員にどうしても副業をしてほしくないのなら、副業をしなくても将来が安泰でいられるくらいの給料を支給する甲斐性が必要です。
しかし、特に介護事業所では副業禁止を規定している事業所が多いのも事実です。
では、労働者としてリスクヘッジをしていくためにどうしていけば良いのかと言うと、本当に副業がしたいのなら「隠れたり無視をしない」という当然のことをしていくことです。
何故、何も悪いことをしていないのに「やましいこと」「後ろめたいこと」を前提として副業を始める必要があるのでしょうか。
事前に会社に副業をすることを伝え、許可を貰えれば何の問題もなく正々堂々と副業をすることができます。
そこから逃げたりすっ飛ばしてしまうから「ダークサイド」に陥ってしまうのではないでしょうか。
本当の意味でリスクヘッジしていくのなら、「副業をすることを会社から許可を得る」という単純明快な方法が必要不可欠です。
会社が許可してくれない場合
会社に副業をしたい旨を伝えても「許可してもらえない」という場合は、「結局、副業ができずに困ってしまう」ということになります。
しかし、「不許可にされた」という既成事実を得ることができます。
その既成事実を得たのちに、次のステップに進むことが大切です。
次のステップとは、更に交渉していくなり、どの程度の副業なら認められるのかを確認したり、転職も視野に入れていくこともひとつの手段でしょう。
面倒くさいことかもしれませんが、「誠意を持って正々堂々と副業の交渉をしても拒否するような会社であれば、隠れて副業をしていることが見つかったら自分が窮地に追い込まれる危険性が高い」という正常な判断ができるはずです。
自分に落ち度を作らないためにも、必要な手順を踏んで適切な判断をしていくことが大切です。
最後に
今回は、「判例から見る事業所の副業禁止規定を無視してはいけない理由」について記事を書きました。
判例を確認してみると、副業禁止規定を無視して強行した場合、労働者側が勝つこともあるけど負けることもあるという事実がわかります。
ということは、「副業禁止規定があっても無視すればいい」ということはありませんし、言い切ってしまうことは大変危険であると言えます。
事業所に副業をしたい旨を正々堂々と伝えることで、意外と許可して貰えることがあるかもしれません。
要は、自分勝手な誤った解釈で自分で自分の首を絞めてしまったり、煽動することで他者を窮地に陥れるようなことがあってはならないということです。
様々な情報がネット上に散見していますが、正しい情報を正しい判断基準で取捨選択していくことが「自分を守ること」にも繋がります。