常識とは、健全な一般人が共通して持っている、また、持っているべき思慮分別のことですから、普遍的なものであり「一種の基準」とも言えるものです。
ですから、本来は常識を疑う余地はなく「常識は人それぞれ」などという詭弁も通用しません(それを言うなら「価値観は人それぞれ」ということになるでしょう)。
しかし、介護現場では、その「常識」さえも疑って掛かる必要があるように感じています。
何故なら、
- 介護の常識は世間の非常識である場合があるため
- 常識と価値観を混同している人がいるため
- 人間である以上、ヒューマンエラーが発生するため
になります。
今回は、上記3つを掘り下げて介護現場での常識は疑う必要がある3つの理由について記事を書きたいと思います。
介護現場での常識は疑う必要がある3つの理由
介護現場では、常識さえも疑って掛かる必要がある3つの理由を詳しく解説していきたいと思います。
理由①:介護の常識は世間の非常識
悲しいことですが、「介護現場の常識は世間の非常識」と揶揄されることがあります。
つまり、「介護現場と世間とは常識と非常識の在り方が正反対、又は、少々ずれている」という意味です。
その背景には、
- 介護現場の排他性や閉鎖性
- 業界や事業所の独特の因習や価値観
- 支援が必要な人を介護するということへの特別感
などがあります。
それらによって、少々俗世間とは常識が外れてしまっている場合があるのです。
「介護業界では当たり前のようになっているけど、世間ではそれは通用しないぞ」と思ったことがある人もいらっしゃるのではないでしょうか。
例えば、
- シーツ(リネン)交換は1週間~2週間に1回
- 入浴は1週間に2回(以上)
- 夜勤は20人の利用者を1人の介護職員が対応する(ワンオペ夜勤)
- 食事介助で全量摂取をすることが美徳とされる
- 奉仕の延長にある仕事なのだから給料が少なくても仕方が無い
ということが当たり前になっていますが、それらは世間から見れば非常識と言えるのではないでしょうか。
理由②:常識と価値観を混同している人がいる
多様性を認め多角的な視点が求められる介護現場ですから、利用者を中心として多職種協働をしていくことが必要です(パーソン・センタード・ケア)。
ですから、「価値観は色々」あっていいのですが、「常識も色々ある」と勘違いして両者を混同してしまっている人もいらっしゃるようです。
「個人の価値観」と「世間の常識」は全く違うものであり、両者を混同してしまうことで前述したような「介護の常識は世間の非常識」という構図が成り立ってしまうことになります。
そうすると、「常識は人それぞれ」などという詭弁を言う人が現れたり、「新世代の介護は最高です!アタマを取りなさい」などというよくわからないことを言う人が登場したりします。
ですから、介護現場での常識は疑って掛かる必要があるのです。
理由③:ヒューマンエラーが発生する
介護現場では、目が回るような忙しさがあったり、人間関係で健全な気持ちを見失ってしまったり、トラップのような状況の中で働いていることで、
- 常識を見失ってしまう
- 当たり前のことをするとミスに繋がってしまう
- 人間である以上、ヒューマンエラーが発生してしまう
- 周りに毒されてしまう
- 非常識なことが常識に見えてしまう
ということが発生しやすくなります。
ですから、自分をしっかり持って思考停止にならないように介護現場の常識を疑いながら働くことが必要なのです。
介護現場でありがちなトラップ(に見える出来事)については、下記記事にまとめていますのでチェックしてみて下さい。
最後に
今回は、介護現場での常識は疑う必要がある3つの理由について記事を書きました。
ちなみに、これは余談ですが、裁判所の判決でも信じられないような非常識(と言われている)な超有名な判決があります。
それが、俗に言う「青い鳥判決」です。
原告の妻が被告である夫のDVやモラハラ(気を失うまで殴り更に水をぶっかける、育児を一切せずに妻を虐げるなど)を理由に、29年間の夫婦生活に終止符を打つべく離婚を求めた裁判で、名古屋地裁岡崎支部の裁判官は以下のような判決を申し渡しました。
「被告である夫に至らない点があったことは否定できない。しかし、今なお原告との結婚生活は継続可能と考えられるから、原告と被告、殊に被告に対して最後の機会を与え、二人でどこを探しても見つからなかった青い鳥を身近に探すべく、じっくり腰を据えて真剣に気長に話し合うよう、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認め、本訴離婚の請求を棄却する次第である」
【引用元】1991年9月20日 名古屋地裁岡崎支部判決
何と、法の番人とも言われる裁判官が離婚請求を棄却する理由づけとして、童話に出てくる「青い鳥を二人で探しましょう」という判決を出したのです。
法律家の間ではとても有名な判決で、「裁判官は自分の価値観に酔いしれ独自の家族観が判決に色濃く反映されてしまったのではないか」と言われているようです。
裁判官でも法律を根拠とせずに「おとぎ話の世界に存在する青い鳥を根拠」として判決を出してしまうことがあるのですから、我々も、
- 介護の常識は世間の非常識ではないか
- 常識と価値観を混同しているのではないか
- ヒューマンエラーではないか
ということを常に疑いながら働いていく必要があるのではないでしょうか。
コメント
介護現場での一番不思議な常識・・それは、「看護師は介護職より給料が高いものだ」ということです。
これ、意外とみんな、当たり前って思ってません?
看護師は資格があって、介護職ができない医療行為ができる。だから介護職より給料が高いんだ。当たり前でしょ。
ふ~ん。でも介護の現場で一番働いてるのは介護職だよね。
仕事量も多いし、高いスキルも必要だよね。
利用者40人を少ないスタッフで全員午前中に事故なく入浴したり、毎日違う個別&集団レクしたり、食事食べない人に声かけして全量食べさせたり、車運転して送迎行ったり、ものすごい仕事量をこなしてる。
同一労働同一賃金だよね?
仕事の大部分をこなしてるのは介護職だよね?
売上を作ってるのは介護職だよね?
看護師じゃ介護の仕事をやりこなせないよね(一部出来る人もいるけど(笑))?
だったら、少なくとも介護職の賃金は看護師以上でないとおかしいのではないか?
グループホームとか、看護師の配置は必須ではないんですよね。なのになんでベースに数万円の差があるのか。全く謎です。
そうそう、デイでは機能訓練Ⅱを算定する場合、日常生活動作訓練を利用者一人一人実施するんですけど、実施するのは機能訓練指導員(つまりたいていは看護師)じゃないとダメなんですよ。
で、日常生活動作訓練とは、入浴する訓練、排泄する訓練、食事をする訓練などになるんですけど、つまり利用者への介助を看護師が1人でしなきゃいけないってことなんですよね。
実際は、一部、訓練として浴槽またぎとか看護師が利用者の動作確認だけして、何時何分から何分まで入浴動作訓練しました~って記録してるだけだと思いますが。
そんなに給料差があるなら、身体介護は全部看護師にしてもらったらどうかしらね。あ、でも介護士の仕事がなくなるか・・。(笑)
>デイちゃんさん
コメントありがとうございます^^
確かに、給料はもう少し考えて欲しいですよね。
とは言え、介護報酬から考えるとそれほどの上げ幅は期待できないでしょうから、財源や構造上の問題でしょうね。
個人的には、「介護職が低くて看護師は高い」というよりかは、「全職種が全体的に低い」という認識です。
介護現場ではないですが、某大学病院で看護師のボーナスカットをした結果、数百人の看護師が退職希望というニュースも目にしましたし、「本当の意味で人を大切にするということはブルーインパルスを飛ばすことではない」ということでしょうね。
その某大学病院ですが、労働組合とも全く話し合いにならなかったようですね。
とにかく赤字なんだからボーナスは払わない。看護師いなくなっても、足らなきゃ他から補充するからいいし、今は稼働率が落ちてるから看護師いなくなってもなんとかなるでしょ。それは経営上の問題で労組に言われることじゃない。
・・・だって。
すごいな。これが経営者の本音。これは医療だけでなく介護も全部そうなんでしょうね。
とにかく金金金。金もうけ最優先。
利用者様の想いによりそって?サービスの質の向上だ?介護職の処遇改善?そんなもん、どーでもいいわ!
とにかく金が大事なんだよ。利用者ってのは金を吸い上げるために存在してるんだよ。介護職ってのは奴隷なんだよ。利用者も介護職も、会社の養分なんだよ!お前は養分によりそうのか?養分の処遇改善するのか?するわけねーだろ!
表面的なきれいごとばっかり言わないで、「自分たちは金のことしか考えてないです」って言えばいいのに。拍手もブルーインパルスもいりません。
まあ〇〇〇も、MBOはまんまと失敗したみたい。明日が期限ですけど。そもそも相続税対策のMBO、結局株を買い集めるための900億の借金が、その後重くのしかかると思うんだけど。相続税は0にできても、借金が残ったら意味がないと思うんだけどね。その借金誰が返すんだ?もちろん会社の金だよね。
>デイちゃんさん
返信ありがとうございます^^
恐ろしい話ですね。
明日は我が身でしょう。
自然の摂理で言えば、そういう法人は淘汰されていくでしょうし、そうであって欲しいとも思ってしまいます。
現場職員には一切関係がない会社の赤字も嫌ですね。
「経営が苦しいから」って言われても「勝手に失敗しといてこっちは知らんがな」なのに、現場職員の処遇が悪化したりボーナスカットをしてしまうと確実に悪循環に陥っていきますね。
最近介護の常識は世間の非常識を地でいく事がありました。マスクの自腹購入。使い捨てマスク5枚のみ支給でそれ以上は自腹で追加購入。勤務日数5日だけならばそれでも良いんですけどね(笑)
仕事に必要な道具を職員に自腹切らせるのはNGだと思うけど。マスク着用が業務命令でないのならそれもありと思いますが。
>アングラーさん
こんばんは~
コメントありがとうございます^^
今回のコロナ禍でそういう部分も露呈してきましたね。
中には、事業所が職員にマスクを売りつけて利益さえ出そうとしていた事業所があったとかなかったとか…。
私は「一生懸命まじめに働く」のが常識で、「とにかくサボって楽をして金をもらう」のは非常識だと思ってきました。が、このカスタッフばかりの状況で、「実はサボりまくって楽して金をもらう方が常識なのではないか?」と思っています。
そもそも会社としては、従業員がまじめに働いてくれないと利益が出なくて困るので、従業員が「まじめに働かなきゃ」と思うようにしむけたいし、勝手に思ってくれたら楽ですもんね。
介護職の人って、まじめな働き者が意外と多いと思います。ただ、他の施設でもサボりまくってる奴がいたので、一部には怠け者で他の人を働かせて自分はサボってる奴もいると思います。
アリの場合は、みんなめいいっぱい働いていたら緊急時に動けなくなるので、緊急時にそなえて普段は働かないアリがいるそうですが、人間の場合はどうなんでしょうね。
アリの場合は単純な作業が多いだろうから、普段休んでてもできるのかもしれないけど、人間の場合はやろうとしても普段やってないとできない気がしますけど。
というか、普段怠けてる奴は、永久に「仕事をやろう」とは思わないと思うんですけど。
>デイちゃんさん
こんばんは~
コメントありがとうございます^^
確かにそういう状況も常識と非常識がズレている又は逆転していると言えるかもしれませんね。
2-6-2の法則がありますが、人間の場合はずっとサボっている人は最後の最後までサボっているのでしょうかね~