介護現場には綺麗ごとが蔓延しています。
人の善意につけこみ自己犠牲を誘発させるセリフをよく聞きます。
「しんどい時こそ皆で力を合わせて頑張ろう」
このセリフは一見、間違っていないように思われますが、介護業界はその使い方を履き違えてしまっています。
頑張ることは良いことに違いありませんが、「介護業界はどこをどう履き違えているのか」ということについて記事を書きたいと思います。
介護業界はどう履き違えているのか
介護業界は「しんどい時は力を合わせて頑張ろう」という台詞のどこをどう履き違えているのでしょうか。
①自己犠牲だけを期待している
「力を合わせて」ということは「協力して」という意味です。
「協力」ということは、力を出し合うだけではなく、補ったりフォローもしていく必要があります。
しかし、介護業界の場合は、連携は必要なもののお互いを補ったりフォローすることが難しい業務になります。
ワンオペ夜勤などの一人体制の時間帯は、補うどころか力を合わせることさえ出来ません。
つまり、介護業界の履き違えは「協力することに軸を置いているのではなく、自己犠牲を払うことに主軸がある」ことです。
「皆で力を合わせて」は建て前で、「頑張ろう」という自己犠牲の精神論に本音がある時点で綺麗ごとでしかないのです。
②漠然としすぎている
介護現場には数値目標や達成する明確な基準がないため、協力して頑張る具体案ややり方の方向性が漠然としています。
相手が利用者という人間なのですから当然と言えば当然なのですが、「力を合わせてどう頑張るのか」「頑張った結果、どうなるのか」ということが明確でないと「ただのやりがい搾取」になってしまいます。
「具体案も見通しも不明だけど、何とか忖度して頑張れ」
と言うのは履き違えも甚だしいですし、自己犠牲を強いる綺麗ごとでしかありません。
③人員が足りていない
元々、人員が足りていないのにこのようなセリフを吐く上司がいる場合はとても危険な状態だと言えます。
「力を合わせて頑張ろう」というのは、それなりのルールや人員や環境が準備してある中で
「時間が残り少ないけど頑張ろう」
「体力や気力的につらいだろうけど力を合わせよう」
というのが本来の使い方です。
例えば、スポーツで考えてみても
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というスタメンの人数がルールによって決められています。
その定められた人数とルールの中で
「負けているけど力を合わせてがんばろう」
「エラーやミスをしないように声を掛け合って頑張ろう」
と言うのなら理解ができますが
「選手の人数が足りないけど頑張ろう」
と言うのは意味がわかりません。
野球で1チーム5人しかいないのに試合ができるでしょうか。
選手の数が足りなければ、頑張るどころか「試合終了」「ゲームセット」「ゲームオーバー」です。
試合さえできないのです。
しかし、介護現場では、人員が不足していても「力を合わせて頑張ろう」などと言う時点で、履き違えている上に意味不明なのです。
まずは「人員を確保した上」で言う必要があります。
「しんどい時は頑張らない」という選択肢も残しておく
介護業界の綺麗ごとを真に受けて踊らされていると、身体や心を破壊されかねません。
それに加えて薄給なのです。
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が人員不足に益々拍車をかけます。
介護現場に本当に必要なのは
「しんどい時は頑張らない」
「しんどい時は休む」
ということではないでしょうか。
頑張らなかったり休んだりすると益々現場が回らなくなりますが、人員の補充も満足に出来ず健全な労働環境も提供出来ない事業所は、遅かれ早かれ潰れます。
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どちらを選んだ方が良いのかは明白なはずです。
介護業界の綺麗ごとを鵜呑みにせず「しんどい時は頑張らない」という選択肢を残しておく必要があります。
最後に
今回は「しんどい時こそ皆で力を合わせて頑張ろう」というセリフが綺麗ごとである理由と、介護業界の人達が履き違えたやりがい搾取をしている実情について記事を書きました。
結局は、現場職員の自己犠牲に頼ったものでしかありません。
今の介護現場は、職員の自己犠牲で支えられています。
そういう根本的な悪循環を変えていかなければ人材確保どころか益々人員不足に陥っていくでしょう。
介護職員にとって一番大切なことは「まずは自分を守ること」なのです。
自分が幸せでなければ利用者を幸せにすることはできないのです。