介護施設にありがちな理念で「自分自身や自分の親を入所させたいと思えるような施設づくりを目指そう」というような内容のものがあります。
また、研修の場での講師や介護現場の上司などが介護職員に対して「そういう働きぶりができていますか?」「そういう質の高い介護サービスが提供できていますか?」という意味で使われることもあります。
要は「上へ上へと高みを目指すことを目標」としているわけですが、それならば「もっと質の高いサービスを提供しよう」と言えばいいはずです。
ただ実際問題、人員不足であったり既に業務過多の状態である介護現場で、なんとかの一つ覚えのように「質の向上」ばかりを唱えることは実情に沿ったものではありません。
それなのに、その質の基準を更に「職員個々のフィルターを通して考えさせる」ということには違和感を感じてしまいます。
「考える力を養うため」「振り返りのため」という目的もあるのかもしれませんが、それが運営理念となってしまっている場合は違和感しかありません。
今回は、「自分が入所したいと思えるような施設づくりを目指そう」という理念の違和感について記事を書きたいと思います。
「自分が入所したいと思える施設づくり」の違和感
自分自身が入所する際や自分の親を入所させる際に「是非、入所したい!」と思える介護施設があれば、それは大変ありがたいことです。
しかし、そういう「施設づくりの理念」には違和感を感じてしまいます。
違和感①「基準が無い」
「自分が入所したいと思える」という基準は人それぞれで、十人十色です。
職員の数ほど存在するのですから、「職員の数だけ基準がある」ことになってしまいます。
「基準が無い」というよりも「基準がありすぎる」と言った方が適当かもしれません。
施設運営をしていく中で、基準やスタンダードが複数あることは望ましいとは言えません。
例えば、自分が入所したいと思える介護施設は
「綺麗で清潔な施設に入所したい」
「職員の対応がきめ細やかな施設に入所したい」 「三大介護さえしてくれれば文句はない」 |
など個々で様々でしょう。
いくら「介護には正解がない」とは言っても、基準さえも定まっていなければ、それは「あってないようなもの」であるため違和感を感じてしまいます。
違和感②「矛盾が発生する」
前述のように基準が複数あると、職員個々の考え方や判断によって「矛盾」が生じてしまいます。
例えば、自分が入所したいと思える介護施設は
「至れり尽くせりのサービスを提供して欲しい」
「三大介護さえやってくれれば十分」 |
という矛盾した考え方の職員がいた場合、そのままいくと目指す所と働き方が個々によって変わってきてしまいます。
「目指す所が違う職員が各々を基準としてしまう環境」を作り出してしまう可能性があるため、違和感を感じてしまいます。
そもそも「自分を基準にせず自己判断をしないようにチームで統一した介護を行っていく」という方針とも矛盾してしまいます。
違和感③「不可能なこともある」
自分を基準にしてしまうと「不可能なこと」も出てきます。
例えば、自分が入所したいと思える介護施設は
「毎日入浴できる施設に入所したい」
「24時間付きっきりの介護をして欲しい」 「干渉されたくないので職員も含め誰とも接したくない」 |
というような内容であれば現状で不可能だと言えるでしょう。
もちろん、自己負担金を支払って介護保険外のサービスを利用したりインフォーマルな社会資源を活用していけば、必ずしも不可能とは言えませんが、だからと言って「現状でどう反映させていくかを考えることは不毛」です。
何故なら、そう思っているのは自分なのであって、今自分が介護をしている利用者がそう思っているわけではないからです。
「現状で業務に反映する必要性のないことや現実的に不可能なこと」であるため、違和感を感じてしまいます。
もし仮に、現状で同じような思いを抱いている利用者がいたとしても、それは「自分の思い」とは別の基準や体制によって実現可能かを判断していく必要があります。
違和感解消のために
私個人の違和感がどうであれ、「自分が入所したいと思えるような施設づくり」を理念としてしまうことは、あまりにも抽象的であり「個々を基準」としてしまうことで逆にカオスな結果になりかねません。
ですから、その違和感を解消するために必要なのは、「個々の判断に委ねない統一した基準の設定」です。
仏教の格言で「法に依りて人に依らざるべし」というものがあります。
この場合の「法」とは「仏法」とか「経典」のことですが、介護現場においては「基準」とか「関係法令」と読み替えても良いでしょう。
つまり、「職員や経営者などの個々の考え方を基準とするのではなく、まずは基準を設定した上でその基準に則って進んでいかないと道を外れてしまいますよ」ということになります。
介護現場では、自分を根拠としてはいけないのです。
最後に
今回は、「自分が入所したいと思えるような施設づくりを目指そう」という理念の違和感について記事を書きました。
介護職員の資質や働きぶりを問う形でも使われがちですが、多くの介護職員は劣悪な環境の中で出来得る限りのことを一生懸命にやっています。
「自分が入所したいか」「親を入所させたいか」という問いの答えは、「働きやすい環境を施設側がどう整えているか」という問題になってきてしまうのではないでしょうか。
介護職員の退職理由の上位に「法人や事業所の理念や方針への不満」がランクインしていることは統計でも明らかです。
人員不足や業務過多な状態では「誰も幸せにはなれない」のですから、人員不足にならないためにも「職員に違和感や不信感や不満を与えないような理念や方針」が大変重要であると言えます。