介護事業所の多くは、正職員に副業を禁じています。
就業規則等にハッキリと明記してある場合は、副業をしてしまうと規則違反となり、最悪の場合は「懲戒処分の対象」になってしまいます。
しかし、そもそも労働者が副業を検討する一番の理由は「収入を増やしたいから」です。
「もっと経済的に豊かな生活がしたい」
「貯金を増やしたい」
「住宅ローンを抱えてしまったのであと少し収入を増やしたい」
というような全く悪気のない、もの凄く腑に落ちる理由です。
しかし、副業が禁止されている以上、そう思ったとしても副業をすることは出来ないのですが、それならば「従業員にひもじい思いをさせないような満足のいく収入を確保するような体制」でなければ完全な片手落ちになってしまいます。
もちろん、経験や能力によって収入の違いが出てくるのは仕方がないにしても、介護職員の平均年収が360万円と言われている中で「その程度の年収しか確保できないのであれば、従業員が副業を検討するのは自然の摂理」ではないでしょうか。
「満足な収入を与えず、収入がアップする道も存在しないのに副業禁止」というような「やりがい搾取の介護事業所」が多いのは、「傲慢さの表れ」と言っても過言ではありません。
それにしても何故、傲慢な介護事業所は揃いも揃って副業を禁止しているのでしょうか。
今回は、「多くの介護事業所が副業を禁止している理由」について記事を書きたいと思います。
介護事業所が副業を禁止している5つの理由
介護事業所の副業禁止は、どういう趣旨や目的で規定されているのでしょうか。
「本音と建て前」の理由について5つご紹介したいと思います。
理由①「公務員に準ずる立場だった時代の名残り」
介護保険制度が始まる前までの介護業界は「措置制度」の時代でした。
そして、その頃の介護職員は「公務員に準ずる者」とされていました。
つまり「準公務員という立場だった」のです。
ですから、給与水準も公務員に準じていたわけですが、就業規則に「国家公務員法」や「地方公務員法」を模倣して取り入れたため、「副業禁止規定」が存在してしまっていると考えられます。
ご存知の通り、公務員は「副業禁止」です。
国家公務員法
(私企業からの隔離)
第103条 職員は、商業、工業又は金融業その他営利を目的とする私企業(以下営利企業という。)を営むことを目的とする会社その他の団体の役員、顧問若しくは評議員の職を兼ね、又は自ら営利企業を営んではならない。
(他の事業又は事務の関与制限)
第104条 職員が報酬を得て、営利企業以外の事業の団体の役員、顧問若しくは評議員の職を兼ね、その他いかなる事業に従事し、若しくは事務を行うにも、内閣総理大臣及びその職員の所轄庁の長の許可を要する。
地方公務員法
(営利企業等の従事制限)
第38条 職員は、任命権者の許可を受けなければ、営利を目的とする私企業を営むことを目的とする会社その他の団体の役員その他人事委員会規則(人事委員会を置かない地方公共団体においては、地方公共団体の規則)で定める地位を兼ね、若しくは自ら営利を目的とする私企業を営み、又は報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない
介護業界が、措置制度から介護保険制度になった現在でも、措置制度時代の「介護職員は公務員に準じていたという過去の名残り」で副業禁止とされているのです。
しかし、介護保険制度となって20年が経とうとしている現在は、給与水準はおろか、社会的地位や立場も大きく公務員とかけ離れた散々なものになってしまっています。
それなのに、今でも後生大事に「副業禁止規定」を抱いたままの介護事業所は、情報も就業規則もアップデートできていない時代錯誤の事業所だと言えます。
理由②「従業員の過重労働を避けるため」
既に介護現場での業務自体が過重労働になってしまっているわけですから、今更「過重労働を避けるための配慮」をされても「まずは自分の事業所の労働環境を何とかしろよ」と思うわけですが、確かに今以上に副業をして労働をすると過重労働に拍車が掛かってしまいます。
建て前で言えば「従業員の体を心配している」ということになりますが、本音で言えば「本業での介護現場の労働に支障をきたしてもらったら困る」ということになります。
介護施設であれば、「早番、日勤、遅番、夜勤」など、様々な勤務形態がありますし、常に人員不足であるためシフトに穴を空けられたら困ります。
また、介護現場はストレスフルな職場環境なので、「副業をすることで体力や気力を削っていては勤まらない」という考え方があるのです。
もちろん、体力や気力のキャパシティは個々で違ってくるわけですが、1人の副業を許したら全員の副業も許さなければならなくなってしまうため、「一律に副業禁止」としていると考えられます。
理由③「情報の漏洩リスクを防ぐため」
社会福祉士及び介護福祉士法には「守秘義務」が規定されています。
社会福祉士及び介護福祉士法
(秘密保持義務)
第46条 社会福祉士又は介護福祉士は、正当な理由がなく、その業務に関して知り得た人の秘密を漏らしてはならない。社会福祉士又は介護福祉士でなくなつた後においても、同様とする。
もちろん、介護の仕事は介護福祉士資格が無くても出来るため、介護福祉士資格を持っていない職員に対しては、就業規則やコンプライアンスに転用して規定されています。
この「守秘義務」は遵守しなければならないのですが、副業をすることで情報漏洩のリスクが高まると考えている可能性があります。
例えば、同じ介護業界の中の事業所で副業をした場合、その職員がついうっかり本業の事業所の内情を喋ってしまったり、同じ利用者と両方の事業所でバッタリ顔を合わせてしまい両方の介護事業所の話で花が咲いてしまう可能性もあり得ます。
介護業界以外の事業所で副業をした場合でも、介護事業所の内情が外部に漏洩してしまう可能性が副業をしていない場合より高くなってしまうリスクがあります。
本来は「利用者の個人情報は絶対に漏らしてはならない」という趣旨の規定が、いつの間にか飛躍して「事業所内の一切合切を秘密にしなければならない」ということになってしまっているところが、閉鎖的で排他的な介護事業所の特徴です。
企業スパイレベルの内情であれば絶対に漏洩させてはならないということはわかりますが、「どんどん職員が辞めていっている」という情報でさえ漏らされたくないため「副業禁止」になっているのです。
どんどん職員が辞めていく現状を改善することも出来ないのに、そういうところだけ敏感になる介護事業所は「存在そのものを秘密」にしてしまったらいいのではないでしょうか。
理由④「満足な給料を支払っていないと思われたくない」
職員が副業をするということは「収入が足りないから」です。
自分の事業所の従業員が色々な所で副業しているということは、傍から見れば「あの介護事業所は満足な給料を支払っていないから副業をしなければ生活が成り立たない会社」というように見えるでしょう。
全くもって真実であり事実であり、ご名答なわけです。
しかし、そう思われたくないのは介護事業所です。
満足な給料も支払えない上にプライドだけは高いのです。
財源の問題で、高収入が支払えないのは百歩譲れるとしても、それならば副業は認めてあげるのが「本当の福祉」ではないでしょうか。
従業員に手枷足枷をつけ、縛り付け、「介護の仕事はお金じゃない」「お金には代えられないやりがいがある」などと念仏を唱える前に、「従業員とその家族の幸せ」についてもう一度考える必要があるのではないでしょうか。
現状は、介護事業所の「保身のため、副業禁止」となっているのです。
理由⑤「会社に尽くして欲しい」
大変身勝手な考え方です。
要は「自分の事業所に全身全霊をもって、誠心誠意尽くして欲しい」という傲慢な考え方です。
「愛社精神」「社畜精神」とも言います。
上下関係や主従関係やマウンティングが大好きな介護業界にありがちな理由です。
「釣った魚にエサはやらないけど自分だけを好きでいて欲しい」という一方通行の異常さは、他に類を見ません。
給与明細を渡す時さえ「摩訶不思議なしきたり」があるのです。
とにもかくにも、「うちの事業所に早く洗脳されて、副業なんて考えずにやりがいだけで働き続けて欲しい」という押し付けがましい刷り込みをしたいために「副業禁止」になっているのです。
余談ですが、「副業は禁止でもボランティアは可」とする介護事業所も多いようです。
結局は「自分の所で雇っている従業員が他の事業所に雇われるのはいけ好かない」「主従関係が発生しないようなボランティアであればやってもいい」「賃金が発生しない奉仕は労働よりも美しい」というような「せせこましい考え方」があるのではないでしょうか。
最後に
今回は、介護事業所で副業を禁止している理由について記事を書きました。
百歩譲って、事業所側の理由もわからなくはないですが、副業禁止にするのならば「それなりの年収」を確保してあげる必要があります。
それが出来ないのであれば、そろそろ就業規則やコンプライアンスの「副業禁止」を見直して、従業員の手枷足枷を解き放ってあげては如何でしょうか。
「北風と太陽」という寓話がありますが、副業を禁止している介護事業所は北風になってしまっています。
職員たちは、寒くて寒くて凍えそうな状態なので、事業所に対して心を開いたり愛社精神を持つことはないでしょう。
利用者には太陽で、従業員には北風の顔を持つダブルスタンダードな介護事業所は「あまりにも不健全」に感じますし、そもそも職員に北風を吹かせている事業所は利用者にも北風を吹かせてしまう結果になってしまうのではないでしょうか。